Maria
November 11, 2005
GN 1153
マリアFD/MM/FM 3554 8/05
このGNはホーム全体で一緒に読んで下さい。
愛するファミリーへ、
1.勝利チームを実り豊かで、幸せで、成功した状態に保つ重要な要素が一つあります。それは、祈りの力です! 祈りは、他の何も変えることのできない物事を変えます。祈りは山を動かします。祈りは障害を乗り越え、必要を供給し、解決策をもたらし、問題を処理します。勝利チームならすべて、常日頃から生き生きとした祈りの生活を送っているべきです。
2.あなたのホームは祈りの力に頼っているべきです。祈り、そして当然賛美は、問題や必要が生じた時の最初の防御戦であるべきです。祈りはあなたのホームという機械に油を差し、物事をスムーズに保ちます。祈る時間を取るというのは、ホームとしてとても効果的な時間の使い方です。祈りに費やされた時間は決して無駄にならないからです。
3.ですから、ご想像の通り、このGNのテーマは祈りです。祈りというテーマの下に、特に毎月のプレア・デーについても話したいと思います。プレア・デーを最大限に活かし、向上させ、中身を濃くするには何ができるかについて、主からのカウンセルをあげましょう。
4.毎月のプレア・デーには、あなたのホームを前進させる助けになることがたくさんできます。一つ、とりなしの祈りはパワフルで、肉の内ではできないことをしてくれ、ホームが大きな進歩を遂げる助けになります。でも、プレア・デーを利用してもっと色々なことができるのです。それをこのGNで分け合いましょう。プレア・デーを最大限に活用するなら、ホームを進歩させ、変え、より強い勝利チームにする極めて重要な部分となるでしょう。
5.また、瞑想について、私たちの夫、主が与えられたカウンセルも伝えたいと思います。最近のGNでこの言葉を少し使いましたが、正確にどういう意味なのだろうと思っていたなら、このGNの最後に載せた幾つかのメッセージがその質問への答となるよう祈ります。見逃さないで下さいね。そこには、あなたの主との関係を改善させてくれる画期的なカウンセルが含まれているからです。
夫である主にあって、たくさんの愛を込めて、
ママ
要 点
6.勝利チームは毎月のプレア・デーを真剣に受け止めています。彼らは忠実に時間を取っておき、それを最大限に活かそうとします。彼らは最善の時間の使い方について主から聞き、スーツケースに荷物を詰めるように、プレア・デーに思慮深く物事を詰め、貴重な時間を最大限に活かします。
7.勝利チームは、祈りとは最低限の行為ではないと知っていて、忙しくてやることが山ほどある時でも、とりなしの祈りや主から聞く余分の時間を取ります。彼らは毎月のプレア・デーを夫である主からの特別な祝福として見ます。肉の内にできることよりずっとたくさんのことを霊の内で達成できる時として見るのです。
プレア・デーの重要性
8.(ママ:)私たちのホームと他のWSユニットは、もう何年も毎月一日を祈りの日に当てています。最初、その時間を取っておくのはかなり信仰を要しました。一日を祈りに当てるには、しっかり仕事ができる日が毎月一日減るからです。でも、主から求められたことをしてみると、主は必ず私たちを祝福されました。
9.祈るために毎月丸一日を取っておくのは犠牲です。そして、WSにいる多くの人たちも、今でも時折それが試練になります。(私たちの場合は半日を二回取るのが都合良いので、そうしています。) つい、できなくなることや、たまっている他の色々な仕事を考えてしまうものです。あなたもたぶん、時々同じような気持ちになると思います。「この時間に証しに行けるのに、コンタクトを養えるのに、羊をフォローアップしたり、資金調達したり、アクティベーテッドを出せるのに」などと。
10.祈りは普通、すぐに目に見える実になって表れないので、そこに時間をつぎ込むには多くの信仰が必要です。特に、忙しくて、やることリストがたまっている時には。ファミリーの皆さんのためにも「祈りを通じてのアクション」のGNでこれらのメッセージを幾つか出版したと思いますが、主はWSにいる私たちに何度も何度も、祈りに費やす時間を通してその他のどんな仕事によってできることよりも多くが成し遂げられている、と言われました。
11.プレア・デーをそのように、つまり決して時間の無駄ではないと考えるなら、助けになります。それは賢く費やされた時間であり、その月にできる最善の投資なのです。必ずしも多くの仕事が成されているようには見えませんが、霊の世界では多くのアクションと活動が行われていて、それは力と能力が制限されている私たちが地上でできることを十二分に補ってくれます。
12.プレア・デーとは仕事であり、それは成果をもたらします。ただ、普通の仕事とは異なった種類の仕事なのですが、それでもなお極めて大切です。プレア・デーはあなたのホームにとって、その月の一番大切なアポイントメントです。そのような見方をしなさい。そうすれば、必ずそれにふさわしい優先順位をつけられるようになるでしょう。
13.ここに、私たちのプレア・モーニングで、最近主が、祈りや預言で主から聞くことに費やした時間は最も生産的な時間であることについて与えられたメッセージを紹介しましょう。(注:WSでは、プレア・モーニングはとりなしの祈りと預言の時間の両方から成ります。それについては、このGNの終わりの方でさらに説明しましょう。)
14.(イエス:)あなたが祈りと預言でわたしから聞くことに捧げる半日に、天国全体が興奮し、ざわめき立っている。天国にいる人たちはその時をしきりに待っている。あなたの祈りが生み出す力はとてつもなく、あなたの必死さとわたしから受け取ろうとして吸う行為によってつくり出される吸引力は恐るべきパワーを持っていて、それに答えるようわたしを動かすからだ。
15.天国にいる者たちは、それぞれの仕事や責任につけられている。ある者はあなたが祈った奇跡を実現させるように、またある者は霊の世界であなたと共に祈り、あなたの祈りの質を高めるように、またある者はあなたが自分を開いた時に天国のメッセージをもたらすようにと。これは天国では興奮させられる時だ。あなたの祈りや、鍵を振るう行為、信仰ゆえに、大いなる進歩が遂げられているからだ。事実、祈りに当てられた半日は、間違いなくあなたにとって最も生産的な時間なのだ。
16.中には、丸半日を祈りと預言に当てるなら、週の他の日ほど生産的でないと感じる人もいるだろう。この時間を取っておくのは犠牲であり、あなたは、この時間にわたしに委ねなければならない仕事のための信仰を持つ必要がある。だが、祈りに費やした時間は、霊の世界ではわたしのためにいつもの仕事に打ち込む他の日以上に大いなる活動と進歩の時であると知って、元気を出すべきだ。
17.わたしには物事の本質が見える。そして、わたしは、多くの霊の存在や天使や他界した聖徒たちが、あれこれの任務であちこちに行き、あなたの祈りによって状況を変えているのを知っている。愛する人たち、とりなしの祈りと預言に費やした時間は、あなたにとってその週全体で一番生産的な時間なのだ。他のどの時よりも多くが成され、多くが達成された。そして、霊の世界では大いなることが起こっていて、それはあなたの人生やあなたが祈る他の人たちの人生に影響を及ぼすだろう。
18.花嫁たちよ、あなたは一人きりで祈っているのではない。天国にいる者たちもあなたのかたわらにいて、祈りによって戦い、悪鬼を打ち負かしてほしいとのあなたの嘆願に答えて悪鬼と戦い、助けを必要とする人たちにわが奇跡と祈りの答を携え、わたしのメッセージをあなたに急いで届けている。これはチームワークであって、霊の世界にいる者たちはいつでも自分の分を果たせるよう待機し、意欲満々で、熱意を抱いている。彼らは敵を打ち負かし、わたしが奇跡を行うのを助け、祈りの力の効果をフルに見るのが大好きだ。
19.あなたが自分の分を喜んで果たしてくれることを、心から感謝している。忍耐強くとりなしの祈りをし、わたしのメッセージを受け取るために戦うという役割を。あなたが自分の分を果たしていなかったなら、わたしや天国のヘルパーたちはわたしたちの分を果たせない。わたしたちは制限されてしまう。だが、あなたが祈りによって力を送ってくれるので、奇跡が現実になる。あなたが揺るぐことなく信仰をもって求めるので、必要とされるメッセージがちょうどわたしが望む時に届く。
20.祈りの戦士や経路になるというのは華々しい召しではない。少なくとも地上の基準から言えば。だが、この方法によって謙虚に、そして忠実にわたしに仕えることで、あなたは自分の力や自分の仕事がなし得る以上に多くのことを成し遂げている。これには必死さ、忍耐、信仰、自己否定、自分の計画ややり方を捨てることを要するが、わたしは約束する。わたしや他の人たちに与えたこれらの時間は無駄にならない。わたしはあなたが与えてくれたものを使って成果をもたらし、あなたの時間を十二分に価値あるものとしよう。
21.心、時間、集中力、焦点、関心、闘志、決意、意志力、霊をわたしに与えれば与えるほど、わたしもあなたにもっと多くの奇跡、答え、指導、カウンセル、啓示、洞察を与えられるようになる。だから、愛する人たち、この午前中にあなたのすべてをわたしに与えなさい。そうすれば、あなたの祈りは大いなる変化と奇跡をもたらすだろう。あなたの吸う行為は、天国からのわたしの純粋な答と詳細に渡る指導、カウンセルをもたらすだろう。
柔軟になり、変化にオープンになる
22.(ママ:)プレア・デーのスケジュールに関しては、柔軟になり、色々なことを試し、何があなたのホームにとって一番うまく行くかを見てみることがとても大切です。あるホームにとっては、月に一度、一日中プレア・デーを取るのが一番うまく行くかもしれません。また、月に二回、半日を二回取る方がうまく行くホームもあるかもしれません。*これには、主を尋ね求め、あなたの状況では何が最善かを知らなくてはなりません。でも、いつも一つのやり方しかできないわけではないのを覚えていて下さい。*(RSへの注:あなたのフィールドで、エリア全体で決まった日に毎月のプレア・デーをしているなら、オプションとして、ホームにもう一日与えることを考えてもいいでしょう。そうすれば、ホームはプレア・デーを半分に分けて代わりに半日を二回取りたければ、そうすることができます。)
23.あなたのホームで一つのことがしばらくうまく行っているとしても、状況や条件が変わったなら、あなたも変わる必要があるかもしれません。私たちのホームでも、プレア・モーニングの状況を定期的に検討しなければなりません。事実、最近、月二回のプレア・モーニングをする曜日を変えた所です。もう何年も同じ曜日にしていたのですが、主はそれを変えるよう示され、今のところ、新しい曜日でうまく行っています。そして、多くの面で、今まで長年の間やっていた曜日よりもうまく行っているのです。
24.これは学びの過程であって、何が一番うまく行くかを見ていかなくてはなりません。色々なことを試して、それがうまく行かないなら進んでそれを変えなくてはならないのです。たとえば、午前中にホーム全体でのプレア・ミーティングをして、それから午後に分かれて預言の時間や個人のプレア・ビジルの時間を取るのがあなたのホームでは一番うまく行くかもしれません。また、別のホームでは、午前中に預言の時間とプレア・ビジルをして、一日の最後にホーム全体での祈りのミーティングをするのが一番良いホームもあるかもしれません。でも、何にせよ、ゴールは中身の濃いプレア・デーにすることです。
25.(イエス:)柔軟になりなさい! オープンになりなさい! 別のホームでうまく行く方法でも、あなたのホームにはぴったり来ないかもしれない。あなたが以前やった方法でさえ、今はもううまく行かないかもしれない。だから、進んで変わるようにしなさい。あなたのホームの状況がどうであれ、プレア・デーやプレア・モーニングを最大限に活かすために、一番うまく行くとわたしが示すものは何でも喜んでやりなさい。
26.今まで毎月丸一日をプレア・デーにしていたとしたら、もしかしたら月二回のプレア・モーニングの方がうまく行くかもしれない。あるいは、月に二回、半日のプレア・デーをしていたとしたら、もしかしたら丸一日取る方がもっと効果的かもしれない。だが、わたしに尋ね、わたしを求め、変化にオープンにならない限り、それはわからない。
27.月に一日プレア・デーを取るという要求事項は変わらないが、それをどのようにするかや、その時間に具体的に何を組み入れるかは、あなたにかかっている。スーツケースを思慮深く詰めるか、でたらめに詰めるかの違いに似ている。わたしはあなたのプレア・デーが、きちんと詰められたスーツケースのように、すべての時が活かされたものであってほしい。
28.粗雑に物を詰め込む人になってはいけない。わたしが最大限の成果でもってあなたに利益と祝福を与えられるよう、プレア・デーというスーツケースにできる限り多くを詰め込みなさい。
プレア・デーには何ができるか
29.(ママ:)プレア・デーにできるだけ多くを詰め込むことについて話しましょう。何人かのRSから聞いたのですが、プレア・デーはとりなしの祈りのためだけだと思っているホームが多いようです。どうやら、一日中祈っているホームが多いようで、プレア・デーはそれで成り立っているようです。一日中祈ることはどこも悪くないし、確かに多くの益がありますが、私は、プレア・デーにできることはもっとあることを皆さんに思い起こさせなくてはと感じました。これは憲章に書かれていますが、皆さんは、とりなしの祈り以外にもプレア・デーに含められる要素があることを忘れたのかもしれません。一日中祈るというのは、あなたが超人でない限り、少々退屈でお決まりのこととなり得ます。
30.WSでは、プレア・モーニングに多少バラエティーを添えると助けになることがわかりました。たとえば、「プレア・デー」の時間ずっととりなしの祈りをしているわけではありません。むしろ、私たちは普通、プレア・モーニングの出だしとして一時間のとりなしの祈りのミーティングをして、それからWSの全員が夫である主から預言で聞いたり、個人的なプレア・ビジルの時間を取ったりすることに残りの午前中を使います。私は普通、経路の一人に、全員が主から聞くための同じ預言のアサインメントについて祈ってもらいます。また、色々なテーマについてのそれぞれ異なる質問やアサインメントも一人一人に渡します。
31.ですから、私たちのプレア・モーニングは、とりなしの祈りと主から聞くことの組み合わせとなっていて、それで何か一つのことが長々と続くのが防がれ、その結果、夫である主からとても素晴らしいメッセージが受け取れるのです。そして、人々が預言を受け取るために費やす時間によって、私やWSのホームは、大切な決断やホームの事柄、愛するファミリーの皆さんについて、またその他多くの主題について主から聞けるようになります。私は時々、制作中のGPの本や、Xnなどの色々な出版物について祈って主からメッセージを受け取るよう、人々に頼むこともあります。
32.というわけで、特に、おもにとりなしの祈りしかしていないホームがたくさんあると聞いて、私はこのことをもっと考えるようになりました。くれぐれも言いますが、私はとりなしの祈りを軽視しているのではありません。それはパワフルで、プレア・デーのとても大切な部分です。でも、たいていの人は一日中、さらには午前中ずっと祈って、なおかつ神経を集中し、全身全霊を注ぐことはできないので、皆さんもプレア・デーにもっと預言の時間を含めるようにすると良いかもしれません。バラエティーのためだけでなく、あなたのホームやあなた自身が必要とするメッセージを受け取って、ホームを前進させ続けるためにも。他の忙しい日にはホームの事柄や決断について主から聞く時間を見つけるのはとても難しいと思います。ですから、これもその解決策の一部になるでしょう。
33.WSでは、私やユニットのシェパードたち、そして私たちのヘルパーたちが祈って、人々が祈るためのアサインメントを配るという方法をとっています。ですから、あなたのホームでもそうすることを真剣に祈って考慮すべきと思いますが、もしそうするとしたら、祈ってホームの人たちにアサインメントを配るのは、たぶんホーム・シェパードたちの責任になるでしょう。最初は手間がかかりますが、主の答を受け取れるというのは本当に価値あることだとわかるでしょう。しかも、そのすべてが、全員が主から聞くことに時間を費やしている一日か午前中の間にできるのです。
34.また、プレア・デーに「コンフェレンス・タイム」を入れることもできます。これには、個人で瞑想や祈り、熟考することに費やす時間も含まれます。とりなしの祈りを祈ったり、預言を受け取ったりするだけでなくていいのです。スケジュールに入れられるなら、個人で祈りや瞑想、熟考の時間を取ることにもたくさんの益があります。「コンフェレンス・タイム」については、後の方にもっとカウンセルを載せましょう。そして、このGNの最後には、瞑想についてと、その意味について、少しお知らせしましょう。
35.端的に言うと、コンフェレンス・タイムというのは、憲章で要求されている一1時間半以外に、主と共に過ごし御言葉を取る個人的な時間のことです。そして、日瞑想(「コンフェレンス・タイム」に含めることもできます)とは、改まって主から何か受け取ったり、必ずしも主に何かを告げているわけではない時間のことです。これは、自分の思いから他の色々な考えや懸念、重荷を取り除き、自分自身を開いて、主の思考やあなたの心に語りかける主のささやき、主の霊感を受け取る特別な時間のことです。ずっと昔に、「立ち止まり、見て、聞きなさい」や「テンプル・タイム」でダッドが教えてくれたこととよく似ています。
36.(イエス:)愛する花嫁たち、プレア・デーをより良くスケジュールし、もっとバラエティーを添えるなら、プレア・デーからもっと多くを得ることができるだろう。もちろん、プレア・デーに組み込むべきでないものも幾つかある。たとえば、普段の仕事を含めるべきではない。当然、子供の世話や簡単な食事などのスケジュールに入らなければならない人は何人かいるだろうが。プレア・デーというのはわたしや御霊の事柄のために取っておくべき日だ。だが、プレア・デーに含められる事柄は幾つもある。ここに幾つか例を挙げよう。
*個人のプレア・ビジル。
*ホーム全体でのとりなしの祈りのミーティング。
*プレイズ・タイム。
*呼び水をするために、祈りという主題についての新しいメッセージや出版されているレターの一部を読む。
*ホームの事柄や、ホーム・シェパードから割り当てられた質問について、わたしから預言で聞く。
*「コンフェレンス・タイム」、つまり、わたしとの時間や、わが言葉に浸り、預言でわたしから聞く余分の時間を取る。これを瞑想や熟考に費やす時間としてもよい。霊的に補充され、新たにされ、強められる時間だ。コンフェレンス・タイムには、賛美やわたしを親密に愛することに当てた時間も含められる。
37.(ママ:)先にも言ったように、コンフェレンス・タイムと瞑想については、このGNの後の方でもっとお知らせします。
38.(イエスが続けて語る:)花嫁たち、わたしはあなたがたがプレア・デーをもっと活かすのを見たい。あなたがた愛するホーム・シェパードたちが前もってプレア・デーについて祈り、しっかりした計画を立てるなら、多くのものを組み込めるだろう。とりなしの祈りで山を動かせるばかりか、あなたのホームのためのカウンセルをわたしからもっと預言で受け取れるし、各個人もわたしからもっと多くを受け取れる。そして、コンフェレンス・タイムも幾らか組み込み始めるなら、わたしはプレア・デーを使って、あなたがた一人一人をもっと霊的に活気づけ、新たにすることができる。
39.わたしはプレア・デーが何時間ものとりなしの祈りになるようには意図しなかった。わたしが特に他に何も言わなかったのでそのような印象を受けてしまったなら、すまなく思う。だが、今、言おう。プレア・デーには他にずっとたくさんのことを含めることができ、もしどう時間をスケジュールすべきかをわたしに尋ね求めるなら、霊の領域でさらに多くの進歩が遂げられる。あなたのホームで、プレア・デーに決まった方法で祈る習慣がついているなら、多少慣れが必要かもしれない。だが、幾らかのとりなしの祈りの時間、幾らかの個人的なコンフェレンス・タイムや預言の時間といったように、いったんもっと多くを組み入れることに順応してしまえば、その成果に驚くだろう。
40.団結した祈りには大いなる力があるが、団結した預言の時間にも大いなる力がある。必ずしも、同じ部屋で皆一緒にというのではなく、別々の場所にいながらにして同時にわたしから聞くのだ。ホーム全体が霊の内で団結し、わたしから聞く時、わたしは各人の経路を通して答を豊かに降り注ぐことができる。霊の内で引き出す力がもっとあり、わたしの答はもっと簡単に受け取られる。だから、愛する人たち、試してみなさい。気に入るかもしれないから。
とりなしの祈りのミーティングを最大限に活かす
41(ママ:)プレア・デーでも、皆さんがしているホーム全体の祈りのミーティングというのは大切な部分です.先ほど言いましたが、どのプレア・。プレア・デーがこれだけでいいというのではありませんが、それでもこれは大切な部分です。ですから、パンチの効いた祈りのミーティングにする事が大切です。とりなしの祈りで費やす時間は、中身の濃い時間でなくてはいけません。あなたの祈りはパワフルであるべきで、祈りのミーティングには活気があるべきです。
42.もちろん、すべてのことに時と場所があります。時には必死の祈りを必要とするプレア・リクエストもあり、たとえばそのような時は、普通、新しい祈り方を試すのに最善の時ではありません。特に、それが真剣に主に心を注ぎ出す助けにならない場合はそうです。でも、可能な時にはいつでも、新しいことをしたり、祈りや賛美の新しい方法を試すのを恐れてはいけません。祈りの火を燃やし続けましょう。
43.私たちのホームでは、誰か一人か二人のチームを、プレア・モーニングにするとりなしの祈りのミーティングを計画に割り当てるのが助けになっています。彼らは祈って、そのプレア・モーニングのために何か新しいものを主から受け取ってない場合、何を読むべきかを主に尋ねます。そして、祈りや賛美のための方法や、できる限り新しい武器を取り入れる方法、補足として何を含めるべきか(たとえば何曲か歌うなど)などについて祈り、カウンセルし合います。ですから、あなたのホームでまだこれをしていないなら、何か同じようなことを試すといいかもしれません。
44.(ダッド:)誰かがロボットか機械をくれて、それがあなたに代わって仕事の半分をしてくれ、あなたの生活ははるかに能率良く、効果的になって、もっと多くを成し遂げる助けになるとしたら、あなたはどうするだろうか?それをいじくり回して一つか二つの使用法を見つけ、それで満足するか、それともすべての機能を知って、それを最大限に使う方法を見つけ、できる限り利用するだろうか? あなたはたぶん、生活がもっと楽に簡単になったのだから、それをセットアップして作動させるのに使った時間は、長い目で見て十二分に価値があったとわかるだろう。
45.愛する人たち、それが祈りの効果だ。団結して祈り、とりなしをする時間はもっと多くの資金をもたらし、もっと実り豊かなアウトリーチやフォローアップの方法を示し、すでに活動を始めている人たちを強め、新しいプロビジョンのコンタクトを見つけるのを助け、すでに与えている人たちがもっとたくさんの量や質の良い物を与えるようにさせ、スケジュールの矛盾を解決し、葛藤のある若者たちとの突破口を与え、子供を世話する人たちに、一日の終わりに疲れ切ってしまうことなしにもっと良い仕事をする方法を示すなど、その他さらに多くのことをしてくれる。
46.プレア・デーからできる限りを得るために、準備の時間を取るのは価値がある。あなたと共に荷を引く人が多ければ多いほど、そしてそこに心を注ぎ、主の御座の前で団結するよう多くの人を霊感できればできるほど、あなたは主の祝福をもっと呼びおろせる。人々が祈りの時間を楽しみにしていないか、霊の内でそこにいないなら、あなたはパワー、活気、祈りの強さを幾らか失っている。要するに、あなたは主の手を縛っていて、主があなたを祝福し、あなたに答えるための能力を妨害していることになる。
47.祈りはあなたにとって最強の道具であって、それを最大限に使っていないなら、あなたの損になる。比較的軽快で生き生きした祈りの時間であれ、必死の熱心な祈りで主に呼ばわる時間であれ、祈りのミーティングを景気づけるために費やした時間は無駄にならない。だが、あなたの祈りの時間がいつも同じで退屈で、人々が心から参加していないなら、あなたのホームはたいして霊的な力を生じさせていないことになる。祈りの武器と、それを支える機能である賛美、信仰、鍵を呼び求めること、御言葉、スピリット・ヘルパーを利用すること、敵の悪鬼どもを失跡することなどを使う方法はとてもたくさんある。だから、祈りのミーティングにそれぞれを幾らか組み入れる方法を主に尋ねることに少しの時間を当ててはどうだろうか?
48.短いインスピレーションによって賛美と感謝でもって主の門に入りなさい。ホームARCやインフォストアを調べて賛美のクオートを幾つか探しなさい。出版されている数多くのアイデアや、あなたが天国から引き出したアイデアを使って、短いプレイズ・タイムをしなさい。一緒に鍵の約束を暗記するか、そのテーマに関係した特定の鍵をできるだけたくさん思い出すか、あるいは鍵の約束を幾つか読むようにしなさい。祈る人や方法に少しバラエティーを持たせなさい。レターのクオートを少し読んだり、レターにある書かれた祈りを調べて、それを祈りとして読んではどうだろう? 特に、敵の妨害する霊に敵対して祈ったり、それに対抗する天からの仇を名指しで解き放って、あなたのために戦わせなさい。祈りの時を、団結をもたらし、パワフルなものとするために必要なことは何でもしなさい!
49.祈りが、しかもただの祈りではなく全身全霊を込めた祈りがどれだけ大切かを知っていたなら、私はあなたたちといた時にもっと祈っていただろう。他のどんなことよりも、祈りを通してもっと多くを成し遂げられる。そして、あなたのホームやエリアのメンバーたちが団結し、霊の内で参加している時には、力、供給、答え、奇跡の天の宝庫がフルパワーで解き放たれる。何ものも、祈りで結び合わされた心のパワーに耐えられない。
祈りと賛美のアイデア
レターより:
[] 「祈りに関する宝石、パート1と2」 ML #2623-2624, DB 10
[] 「祈る時、物事は起こる」 ML #3173: 58, GN 778
[] 「神への賛美の祈り」 ML #3020
[] 「賛美を実践する」 ML #3471:22-28, 44–116, GN 1059
[] 「再生:賛美のお祝い」 ML #3494: 50–67, GN 1079
[] 「フィースト・ワークショップのための基調メッセージ!」 最後にある「賛美の実践」 ML #3524, GN 1115
[] 「勝利チームを訓練する、パート1」の「賛美のアイデア」 ML #3551, GN 1142
ナタリアとのプレイズ・タイム:
[] 「主をほめよ」 ML #3265, GN 868
[] 「御国への鍵」 ML #3318:63-200, GN 922
[] 「クリスマス・プレイズ2001」 ML #3372, GN 967
[] 「あなたがたの賛美の通り、あなたがたの身になるように」 ML #3432:16-112, GN 1015
FSMより
[] 「皆のための賛美のアイデア」 FSM 250
[] 「主の宝を探る」の祈りのアイデアのセクション FSM 276
[] 「プレイズ・タイムのアイデア、パート1と2」 FSMs 285, 311
グレープバインより:
[] 「新しい方法で祈る」 GVs 53, 54, 60, 63, 64 の記事に、祈りや賛美のアイデアがあります
[] 再生のCD #1にも、祈りや賛美のアイデアがあります
レターにある書かれた祈り
[] 「マグダレンのためのマリアの祈り」 ML #1798, DB3
[] 「主はわが救い主」 ML #2427, DB8
[] 「病に対する勝利」 ML #2483, DB8
[] 「極悪な敵と悪意に満ちた迫害者達に敵対する祈り」 ML #2641, DB10[] 「私たちの敵達に対する勝利の祈り」 DB10
[] 「神に対する賛美の祈り」 ML #3020
[] 「共に集いなさい、愛の内に」 ML #3100:7-36, GN722
[] 「あなたから主へのオープン・ハート・プレアー」 ML #3163, GN769
[] 「比べ合いに対する勝利、パート2」 ML #3328:113-120, GN 999
[] 「救出」 ML #3455:184-256, GN 1039
[] 「2003年ブラジルのナショナル・プレア・デー」 ML #3456:83-158, GN 1042[] 「うつを葬り去る」 ML #3464: 271-278, Post-it GN #11
[] 「立ち上がり、乗り越えなさい」 ML #3497c:380–397‚ GN 1084
[] 「勝利チームを訓練する、パート1」 ML #3551:101-105‚ 148-152, GN 1142
[] 「勝利チームを訓練する、パート2」 ML #3552:89-93, 149-152, GN 1145
[] 「勝利チームを訓練する、パート3」 ML #3553:96-101, 226-229, GN 1151
50.(ママ:)ここに、私たちの夫、主が実り豊かなプレア・デーのために下さった実際的な秘訣を幾つか挙げましょう。以前も幾つか述べたので、これはすでに取り上げたもののまとめですが、新しいのも幾つかあります。私たちのホームでこのほとんどの秘訣を試してみて、役に立つことがわかりました。
51.>ホームのプレア・デーでするとりなしの祈りのミーティングについて前もって考え、計画する人が割り当てられていることを確かめる。
52.>毎月のプレア・デー(あるいは月に二回のプレア・モーニング)の日程を前もって決めておき、ホームの全員がそれを中心に自分のスケジュールを立てられるようにして、その日にアポイントメントを取ったりしないようにする。事実、プレア・デーとわかっている日を毎月決めておくなら、長い目で見て一番都合良く、便利かもしれません。たとえば、毎月の第一火曜日とか毎月最後の週の金曜日、あるいは4週間ごとの水曜日など。(あるいは月に二度のプレア・モーニングをしているなら、同じ曜日を決めて隔週ですることもできます。) そうするなら、極めて緊急か、ごくまれな例外を除いては、その日に何か計画したりスケジュールしたりすることがありません。
53.>ホーム・シェパードは前もってホームのプレア・デーを具体的に計画しておく。スケジュールでこれらを決めておく:プレア・ミーティングはどれぐらいの長さか、人々は個人的なコンフェレンス・タイムにどれだけの時間を当てられるか、あなたが用意してホームに割り当てた預言を受け取るために、どの時間帯を使えるかなど。毎回のプレア・デーに使うか、少なくとも主が別のことを示されるまで使える全体的な計画やスケジュールを作ってもいいかもしれません。
54.>枠に囚われない考え方をしないよう努め、時折、新しくて今までと違うことをする。新しい祈り方や、新しい物事のやり方を主に求める。
55.>とりなしの祈りの時間を始める前に、祈りの大切さや祈りの力についての真新しいメッセージであれ、御言葉から編集したクオートや、「祈りを通じてのアクション」のGNからの抜粋など、意欲を与える読み物があると助けになる。祈りのミーティングを計画している人は、新しいメッセージを受け取るか、そのテーマに関する御言葉を探して読むといいでしょう。(注:私は、プレア・モーニングの励ましとしてWSにいる私たちが受け取ったたくさんのメッセージの幾つかをまとめ、編集している所です。ですから、意欲を与え、励ましや霊感となるメッセージのこの宝庫から選んで、祈りのミーティングや全体でのプレア・ビジルの前に読むこともできます。) ホーム・シェパードの皆さん、ホーム・メンバーに祈るよう励ますメッセージや、祈りの大切さや祝福についてのメッセージを受け取って、それをとりなしの祈りのミーティングで読むなら助けになるかもしれません。あるいは、ホームの誰かに、そのようなメッセージを受け取るよう割り当てて、あなたの承認を求めてもらってもいいでしょう。
56.>プレア・デーのために最新のプレア・リクエストのリストをまとめる。プレア・リストに目を時間を取って通す、すでに答えられたものを削除したり、必要ならば祈りのリクエストを変更したりして、すべてのプレア・リクエストが最新のものとなっていることを確かめる。これで、祈る人たちの時間の節約となり、イライラが避けられます。また、ホームの人たちに、個人的なものであれ、健康に関するもの、霊的なこと、家族のためなど、何であれ、付け加えたいプレア・リクエストがあるかどうか尋ねる。
ホームのプレア・リストをまとめるためのアイデア
*ホームのプレア・リストに、エリアで回されているプレア・リクエストを付け加える。(エリアによってはこれをしているようなので、もしそうなら、これは最新のリクエストを作る良い情報源となるでしょう。)
*エリアで回されているプレア・リクエストに目を留めておき、ホームのプレア・リストに加えられるプレア・リクエストを調べる。
*アクティベーテッド研修会やロード・トリップ、フェローシップ、子供や若者のためのキャンプ、トレーニング・セミナー、ボードの企画など、今行われているか、これから行われるエリアのイベントを書き留めておく。
*同じ市やエリアの他のホームに、あなたのリストに付け加えられるプレ・リクエストがあるかどうかを尋ねる。彼らのプレア・リクエストをホームのプレア・リストに加えたなら、彼らもあなたのホームのリクエストを自分たちのリストに加えることができる。
*アクティブ・メンバー、羊、友人、コンタクトに、あなたのホームで祈ってほしい個人的なプレア・リクエストがあるかどうかを尋ねることもできる。
*健康、霊的生活、家族、親戚など、ホームのメンバーたちからの個人的なリクエスト。
*資金の供給、必要とするホームの物品や食料品などの供給、保護、セキュリティー、子供の安全など、あなたのホームのためのプレア・リクエスト。
*その月に何のために祈るべきか、あるいはどの敵の攻撃に敵対して祈るべきかを主に尋ねる。
57.>最近答えられた祈りを定期的にまとめ、それゆえに主をほめたたえる。主がすでにあなたの所に送られた答えゆえに主を賛美することで、主の下に新しいリクエストを携える信仰がもっと与えられます。また、主はすでにかなえたことをあなたが感謝しているのを知っているので、主は御手を動かしてあなたの祈りにもっと答えて下さいます。
58.>プレア・デーをスケジュールして、ホームの全員が参加できるようにする。プレア・デーのたびに同じ人を子供の世話にスケジュールしてはいけません。全員が子供と一緒にいられるようにして、全員がプレア・ミーティングや預言のアサインメント、個人のコンフェレンス・タイムに参加できるようにして下さい。(そしてもちろんのこと、プレア・デーに子供がティーチャーや世話をする人と過ごす時間は、彼らにこの大切な習慣を築くことを教えるために、祈りや預言の時間に当てることができます。当然、それに費やす時間の長さは子供の年齢や集中力によるので、どうぞ御霊に導かれて下さい。)
59.>ホームを、祈りの時間の助けになる状況にする。たとえば、静かにする、騒動やおしゃべりが多すぎないようにする、人々がコンフェレンス・タイムや預言の時間に行ける場所があるようにするなど。
60.>プレア・デーの前の夜は、ホーム・メンバーは妥当な時間に寝るのが賢明。それによって、翌朝目がぱっちりと覚めて、祈りと預言というミニストリーにエネルギーと集中力のすべてを注ぐことができます。
プレア・デーに預言を受け取ることについて
61.(ママ:)プレア・デーの一部を、夫である主から預言でメッセージを受け取ることに使うことを少し話しましたが、これについてもう少し皆さんにお知らせするなら助けになると思いました。たとえば、あなたのホーム・シェパードたちは、ホームの人たちにどのような預言のアサインメントをあげたらいいのかと思っているかもしれません。あるいは、ホーム・メンバーたちはホーム・シェパードたちからどんなアサインメントを受け取るのだろうと思っているのかもしれません。
62.ここに、アンサー・マンである主が、プレア・デーにもっと預言を使う方法について、さらなる情報と実際的な秘訣を下さっています。
63.(イエス:)プレア・デーは、わたしから聞くのに良いタイミングだ。あなたがたはすでに祈りに時間を捧げているので、預言の時間はそれとぴったり合う。祈りとはあなたがわたしに語りかけることであり、預言とはあなたがわたしに耳を傾けることだ。
64.時には、ホーム全体が一つの部屋に集まって共にわたしから聞くことが益になる場合もあるだろうが、全員が個人的に、あるいは少人数のチームでわたしから聞くなら、プレア・デーにより多くの面がカバーされるだろう。あるアサインメントについては、同じことを祈って同じ主題についてメッセージを受け取るよう、全員に求めた方がいいかもしれない。たとえば、あなたのホームが遂げようとしている大きな変化についての質問か、ホーム全体に必要とされるカウンセルならば、全員がそれについて祈るのは益になるだろう。また時には、ホーム・シェパードはホーム全員に、わたしから聞くための別々の質問を与えて、色々な主題について多くのメッセージが受け取れるようにすると良いかもしれない。
65.プレア・デーに預言の時間を含めることに慣れていないなら、ここに、預言を使うための秘訣や方法のアイデアを挙げよう。ホーム・シェパードたち、プレア・デーごとにどのアサインメントを与えるのが最善かをわたしに尋ね、たいていの場合、それを文章化して配るのはあなたがたであることに留意しておきなさい。
66.>プレア・デーはホーム・メンバーたちにとって、GNで与えられている預言のアサインメントについて祈れる素晴らしい時だ。それらのことは個人のワードタイムに祈れることもよくあるが、まだそこまでできていない場合、プレア・デーに幾らか時間を取って、最近のGNにある質問についてわたしから聞くのは良い考えだ。それらはとても大切だから。
67.(ママ:)これについて、さらに次のセクションも見て下さい。
68.(イエスが続けて語る:)>プレア・デーの時間を使って、ホーム・メンバーたちに、先回のホーム・カウンシル・ミーティングで決めたことについてわたしから聞くよう頼むこともできる。たとえば、ホーム・カウンシル・ミーティングで色々なゴールや色々なことを決めたか、ホームとして何か決定したけれども、ミーティングの間にそのすべてについて祈るチャンスがなかったなら、次のプレア・デーにその決定をわたしと確認するよう、何人かの人たちに時間を割り当てることもできる。
69.>プレア・デーを利用して、あなたのホームに加わろうとしている人のためにわたしから聞き、「歓迎」のメッセージを受け取って、それをホームからの贈り物としてあげることもできる。あるいは、誰かがあなたのホームから去ろうとしているなら、誰か(あるいはホームの何人か)に、将来への励ましのメッセージや、彼らがホームにつぎ込んだすべてに対するわたしからの感謝の言葉を受け取るよう割り当てて、それをホームからの「餞別」としてあげることもできる。
70.>ホームの誰かがロード・トリップやミーティング、親戚への訪問など、長期のトリップに出ようとしているなら、これもまた、わたしからの言葉を受け取る良い機会だ。わたしは花嫁たちがそのような旅に出る時に、指導、励まし、カウンセルを与えるのが大好きだ。だから、これもまた、プレア・デーに割り当てられる種類のアサインメントだ。時には、特にその旅が大変だったか長い旅だったなら、その人がホームに戻った時に励ましを受け取るのも良い考えだ。わたしは、花嫁たちがわたしから遣わされた旅を終えた時に称賛の言葉を与えるのが好きだ。そして、(時々そうであるように)その旅で霊的な力が消耗した場合など、わたしは、どのようにすれば一番良く休み、回復できるかについて指導を与えることがよくある。
71.>誕生日、結婚、出産などの特別な出来事が間近な場合、わたしはこれらの機会に花嫁たちにメッセージを与えたい。誰か(あるいは複数の人たち)に、関係者たちのために励ましや約束、カウンセルを受け取るよう割り当てるとよい。この場合も、これらのメッセージはホーム全体からの贈り物としてあげることができる。
72.>あなたの羊、コンタクト、アクティブ・メンバーのためのメッセージを受け取るために、祈ってわたしから聞くよう何人かの人に頼んでもいいだろう。あるいは、彼らについてや、彼らに関してあなたが面しているチャレンジについてのカウンセル、彼らをもっと強めるためのさらなる指導を求めてもいいだろう。
73.>ホーム全体での問題があるなら、わたしの考えと解決策を受け取れるよう、特定の質問を人々に割り当てて祈ってもらうこともできる。それからホーム・シェパードたちはそれに目を通して、次のホーム・カウンシル・ミーティングかホーム全体でのデボーションで、わたしのカウンセルを幾らか読むことができる。全員に影響するような問題がホームにある場合、関係者全体にわたしの解決策を求めさせると助けになることがよくある。
74.>あなたのホームが集まりやフェローシップ、パーティーのようなものを主催しようとしている場合、すべての詳細がわたしの意志に沿っており、わたしの完全な祝福があることを確かめるために、それについてわたしから聞くよう誰かに割り当てることもできる。わたしはそのアクティビティーやイベントで読めるメッセージを与えたと思っているかもしれない。
75.>ホームかエリアの誰かが深刻な患いや長期に渡る患いと戦っているなら、彼らのためにわたしからの励ましを受け取るようメンバーたちに頼むこともできる。この場合も、これらの預言は、その人たちのためにメッセージを受け取った人からというより、むしろ、ホームからの愛の贈り物としてあげると良い。「ホーム」からのアサインメントとしてプレア・モーニングにこのような励ましを受け取る経路となった人に功績を与えない方が良い理由とは、おそらくホームには他にもその人のために喜んで祈り、励ましを受け取ろうという人がいるだろうが、もしかしたら他のことを割り当てられたのかもしれないからだ(たとえば実務的なホームの決定に関することについて)。これは、割り当てられたことについて全員が預言を受け取るというチームワーク。
76.>もう一つ、わたしの言葉が素晴らしい励ましとなるのは、ホームの誰かが手術やその他の医療措置を受けようとしている時だ。これは時として関係者たちをかなり不安にさせ、恐れさせることもある。だから、ホームの数人の人に彼らのためにわたしから聞いてもらうなら、それは素晴らしい祝福となりうる。わたしは彼らに平安と信仰、固守するための約束を与えるからだ。
77.>ジェッツやティーンを仲間はずれにしてはいけない。彼らも参加できる。彼らにも、年齢や経路の成熟度に適した物事についてわたしから聞くことを頼みにできる。彼らのために質問をあつらえるよう、わたしに求めなさい。子供でさえ、親やティーチャーの助けを借りて、プレア・デーに何か簡単なことについてわたしから聞くことに参加するよう教わることができる。
78.これは決して総合リストではない。わたしには他にもアイデアや提案があって、あなたはやっていく内にそれを発見するだろう。だが、これは良い手始めになるはずだ。そして、やっていく内に、あなたは、毎月のプレア・デーにスケジュールされた預言の時間に、ホームとして多くのことが成し遂げられることに気づき始めるだろう。
79.だから、試してみてはどうか? たくさんの益がある。ホームの誰もがもっと預言の賜物を鍛錬できるようになり、同時にあなたがたはもっと多くの答えや解決策、メッセージをわたしから受け取るようになるだろう。
80.(ママ:)先のメッセージで主が言われた幾つかのことについてコメントし、詳しく説明したいと思います。私自身の経験や、私たちのホームでのプレア・モーニングで、主が先ほどリストに挙げられたことの多くをしている内にわかったことが幾つかあります。
81.まず、その人があなたのホームに加わるのであれ、去っていくのであれ、旅に出るのであれ何であれ、他の人のために預言を受け取ることについて大切なポイントがあります。それは、その対象となっている本人に渡す前に、ホーム・シェパードに提出して目を通してもらうのが最善だということです。これはすべてが預言を受け取る人にとって明確で、そのカウンセルを渡す前にさらに祈るべきことがないかどうかを確かめるための、ダブル・チェックとしての大切なステップです。
82.WSのユニットではこうしています。WSのメンバーがわたしやホーム・シェパードのリクエストで他の人たちのためにメッセージを受け取った時はいつでも(ただし、個人が友達や愛する人に、主から聞くよう頼んだ場合は別として)、その預言を本人に渡す前に、必ず私かホーム・シェパードが目を通します。これは、誰も預言によって傷つかず、カウンセルがすべて与えられており、メッセージの提示法が正しいことを確かめるための、賢明で重要なセーフガードです。
83.また、WSにいる誰かのためにメッセージを受け取るよう、WSの人に頼む時に私がすることがもう一つあります。それは、メッセージを受け取った人の名前を削除することです。メッセージは主から来るのであって、それは実際ホーム全体からのものなので、それを受け取るよう特定の人に頼んだとしても、経路となった人の名前を削除するなら、それはもっと「団結した」贈り物となります。経路となった人の名前がメッセージに残っているなら、時々それはもらう人にとって気がそらされるものとなり得ます。(もちろん、あなたがホームの誰かから、その人のためにメッセージを受け取るよう頼まれた時は、状況は全く違います。それに、それはホーム・シェパードから与えられたアサインメントではありません。)
GNのアサインメントをやり通す
84.先ほど、GNのアサインメント(特に、主がプレア・デーの一部にできると言われた預言のアサインメント)をやり通すという主題について、もっとカウンセルがあると言いました。ですから、次のポイントに行く前に、主がこの主題について最近与えられたメッセージを分け合いましょう。私たち全員にとって助けになるカウンセルです。
85.GNには必ずしも預言のアサインメントとは言えない「やるべきこと」があり、このメッセージには、GNにある預言のアサインメントからちょっと逸れていて、特にプレア・デーにGNのアサインメントをすることに関して受け取られたものではないメッセージがありますが、それでもこれをこのGNに載せるのは良いことだと思いました。
86.また、このメッセージでは、特にプレア・デーにGNのアサインメントをすることについて言っていませんが、主が先に言われたように、ホーム・シェパードはそう導かれるなら、プレア・デーを使ってホームの人たちにそれをするよう求めることができます。
87.(イエス:)わたしはファミリーが、ホームとしてある主題を話し合うことであれ、個人個人がわたしから聞いて、自分の霊的生活やわたしとの歩みに関する個人的な質問に答えることであれ、GNで与えられているアサインメントをやり抜くことにかなりの重きを置く。わたしはこれらのことを軽々しく取らず、ファミリーもそうすべきではない。ホームや個人がこれらのアサインメントをさぼったり、それが大切でないと思ったり、忙しいスケジュールの中でそれをする時間を見つけられない時、それはわたしにとって深い失望となる。わたしにとってそれは、わたしやわたしの言葉や、ホームとしてまた個人としての霊的成長や進歩よりも、わたしの仕事の方が大切だと言っていることになる。
88.GNのアサインメントをやり通さない時、あなたはわたしが与えたいと思っている霊的祝福を自分から奪っていることになる。これらのアサインメントは、あなたがホームとしてGNから学ぶべきレッスンを具体化するのを助けるために与えられている。あるいは、それらはあなたを立ち止まらせ、自分の霊的生活やNWO、働きかけるべき面、ホームが働きかけるべき面について検討させるためにある。これは、あなたがわたしにつながり、特定のポイントについてわたしから聞き、あなた個人としてであれ、ホームとしてであれ、そのGNで持ち出されたレッスンを固めるための手段を作り出す。この大切な霊的側面を怠り、それをやり通さない時、あなたは自分自身から奪い取っているだけなのだ。
89.ここに、GNのアサインメントすべてを忠実にやり通すことを確実にするための秘訣やアイデアを幾つか挙げよう。
90.>ホーム・ミーティングに出ることであれ、預言のアサインメントをやることであれ、ホームとして、最後までやり抜き、各自が自分の分を果たすと同意する。そのアサインメントがホームとして話し合うことならば、忠実にそれをすると皆で同意する。個人的にわたしから聞き、GNにある質問に答えることならば、ホームとしてそれをすると皆で同意する。これは初歩的に聞こえるが、最後までやり抜くには全員の約束と同意を得る必要がある。そうすれば、わたしは一人一人に責任を問うことができ、あなたがそれをさぼったり、自分の分を果たすという、わたしやホームへの約束を果たさなかったりしたなら、わたしがあなたに良心の呵責を与えるための手段ができることになる。
91.>GNのアサインメントを必ずやるための方法をホームで話し合う。ホームや個人でやるよう求められているGNのアサインメントすべてを書き留める責任を負う人をホームで誰か任命すると良いかもしれない。これはステアリング・カウンシルのメンバーでなくてもよく、その人は為されるべきことを書き留め、ホームがそれをどうフォローすると決めるかによって、それを実行するのを見届ける人たちに回す。これは必ずしもステアリング・カウンシルでなくともよい。GNに出てくるポイントを話し合うためにホームを集めたり、各自がGNの預言のアサインメントのコピーを持っていることを確かめ、いつまでにやるという締め切りを決めたりする「GNコミッティー」を作るとホームで決めてもよいだろう。
92.>ホームのメンバーがGNの預言をちゃんとやるのに苦労しているなら、ホーム・シェパードたちは一人一人と集まって、彼らのスケジュールの中でそれができる時間を決める必要があるかもしれない。あるいは前もってホームで、これこれの夜には全員が預言を受け取る時間を取ると決めてもいいだろう。そうすれば、わたしから聞くよう取っておいた時間にアポイントメントを取ったり羊を招いたりすることを避けられる。
93.>これは必ずしも最後までやり抜くための秘訣ではないが、GNの預言アサインメントについて考えるべき点だ。アサインメントによっては、ホーム・シェパードたちは、あなたが預言で受け取ったメッセージを読むことから益を得るかもしれない。ホーム・シェパードにとって、あなたがどのような状態か、わたしが何を教えているのか、どのように語りかけているのかを知るなら、わたしがあなたをどうシェパディングしているのかを知ることができ、あなたのために祈れるので、助けになる。また、中には自分自身の言葉で自分の状態を書く時間を取るよりも、個人的な預言を渡す方がやりやすい人もいるので、これはホーム・シェパードに正直になるための比較的簡単な方法でもある。
94.>もう一つ、団結を促し、助けになる秘訣がある。これも、アサインメントをやり通すための秘訣ではなく、その益についてだが、それは、時々ホーム・シェパードたちは人々の預言の大切な部分をまとめて、ホームに分け合うと良いという点だ。預言のアサインメントがホーム全体に関することならば、みんなが受け取ったことを聞くならホームにとって大きな益になり、それによって個々のホーム・メンバーに与えられたどんな秘訣、アイデア、提案をも実践し、アサインメントがあればそれをやり通すことができる。預言が個人的な性質のものであれば、ホーム・シェパードたちは個人的な預言の一部分(どの人かわかる部分をすべて削除して)をみんなと分け合っていいかについて全員から承諾を得るといい。ホーム・シェパードたちは、前もって預言のどの部分を使うつもりかを本人に見せて、ホームと分け合う前に同意を得る必要もあるかもしれない。
95.>何かの主題かホームの弱さについて話し合うというGNアサインメントの場合、ミーティングが始まる前に、話し合いや、結論、決定、アイデア、さらなる預言のアサインメント、わたしに尋ねるべきことなどが出たら、それをよく記録しておくよう必ず誰かに頼んでおく。決定や結論は、皆が見られるように掲示しておくか、プリントアウトしてミーティングに参加した大人に渡すのが良い。ホーム・ミーティングで「やるべきこと」のリストが出てきたなら、それを最後まで見届ける人を必ず割り当てる。
96.>GNのアサインメントだけに制限されないように。ホームで集まって特定の主題について話し合い、その結果さらに祈るべきことがわかったなら、与えられたカウンセルや指導を完全にやり通すことを確実にするために、それをフォローするためのミーティングを開いて、わたしが示したことやさらなるアイデアについて話し合う。ホームの全員がGNアサインメントの結果や成果に満足するまで話し合いの結果を見届ける。
97.これら様々なポイントをやり通すことは、ホームとしても個人としても、あなたが成長し、変わり、わが霊の動きについて来ようとしていることをわたしに証明することになる。弟子のホーム、成功したホームになり、メンバー全員が霊の内で成長していることを確かめたければ、あなたもあなたのホームもGNのアサインメントをやり抜くことを真剣に捕らえるだろう。するとあなたは自分の分を果たしたことになる。また、わたしがわたしの分を果たしてファミリーの宣教師であり弟子としてあなたがたを祝福し、導き、案内し、塗油し続けるための扉を開けたことにもなる。
プレア・デーに預言を受け取ることの益
98.(ママ:)プレア・デーに預言を受け取ることについての話に戻りましょう。上にあった一つのメッセージで主が言われたこと、つまりプレア・デーに預言を受け取ることの益について少し話したいと思います。主はこう言われました。「たくさんの益がある。ホームの誰もがもっと預言の賜物を鍛錬できるようになり、同時にあなたがたはもっと多くの答えや解決策、メッセージをわたしから受け取るようになるだろう。」
99.たぶん皆さんのほとんどだと思いますが、プレア・デーに主から聞くという要素を含めていないホームにとっては、きっとかなりの適応を要すると思います。主から聞くことや、特定の主題について預言を受け取る信仰を引き伸ばすことにそれほど慣れていないか、ホーム・シェパードから色々なことについて祈るよう求められることに慣れていないのかもしれません。でも、一歩踏み出してそうするなら、最初は難しくても、個人としてもホームとしても、きっと成果が得られるでしょう。
100.WSにも、主要なミニストリーが預言とは関係ない人たちがたくさんいます。もちろん、皆さんもわかると思いますが、私のヘルパーの何人かは預言をたくさん受け取ります。彼らに神の祝福がありますように。でも、WSユニットには、フルタイム・ミニストリーを持つ人たちもたくさんいます。たとえば幾つか例を挙げるなら、プログラマー、ウエブ部門、レイアウトや編集をする人たち、食事をつくったり、子供を世話したり、ハンディーマンの仕事をしたりする人などです。そして彼らは仕事上で下す決断について主から聞きますが、預言が第一の仕事ではありません。
101.そして、これらほとんど一人残らずすべての人たちの場合、月二回のプレア・モーニングで主から聞くアサインメントをあげてきた結果、私は彼らの経路が育ち、成熟したのを見てきました。彼らの多くにとって簡単なことではありませんでした。特に、WSに来て間もなく、預言のアサインメントをもらうことに慣れていなかった人にとっては。主から聞くためにしっかりまとまった時間を取ることに慣れるのは、彼らにとって適応を要しました。彼らの多くは自分たちの経路はあまり良くないと感じ、初めは多くの信仰を要したのです。不安に感じるか、経験不足だと感じた人がたくさんいました。そして、多くの人にとっては、今でも簡単ではありません。主から聞くというのはいつだって戦いなのです。
102.でも、屈せずにやり通し、二週間ごとのプレア・モーニングに主から聞き続けているWSの人たちをとても誇りに思います。彼らの忠実さ、成長し、限界を伸ばすことをいとわない態度によって、私たちはこれほどたくさんのメッセージを受け取ることができるのです。そして、そのメッセージが秘書を通して私からの個人的な手紙として皆さんに送られたり、子供やティーンの出版物になったり、皆さんが配るGPのツールになったり、GNになったりするのです。とてもとてもたくさんのメッセージがあります。そして、WSの誰に聞いても、それは簡単でないと言うことでしょう。でも、彼らが喜んで委ねることをいとわないゆえに、私たちは天国からの素晴らしい富で祝福されているのです。
103.私はWSの人たちを高めようとしてこれを言っているのではありません。自分にできると思っている人は誰もいません。皆、経路についての戦いがあり、自分自身に落胆することがよくあります。自分のは「赤ん坊の」賜物だと思っている人もまだいます。でも、これを皆さんに言っているのは、皆さんを励まし、毎月のプレア・デーでもっと預言で主から聞くようにという、主が差し出しておられる新しいチャレンジには益があることを強調するためなのです。
104.おもな益の一つは、ホーム全体が主に対して経路を開くことの結果として、主が大量のカウンセルを注ぎ出せるようになるという点です。WSの私たちは、ファミリーの皆さんのために必要なメッセージや、舞台裏での仕事を続けるためのメッセージを受け取ります。でも、主はあなたのホームにも、主が必要とされる勝利チームになるために必要とされているメッセージをもっと注ぎ出せるのです。そして、主の答とメッセージは、あなたが主に仕える上でとてつもない助けになるでしょう。
105.預言で主からもっと聞き、それを毎月のプレア・デーの一部として定期的に組み込むことの二番目の益は、あなた自身の経路の質が高まり、成熟することです。今は赤ちゃんの賜物しかないと思っても、もっとちょくちょく使い始め、必要に応じて色々な種類のメッセージを主に求めることで信仰を引き伸ばすなら、きっと賜物が育っていくと保証します。あなたの信仰は育つでしょう。WSユニットにいる人たちが主からもっと聞くというステップを踏み、信仰が引き伸ばされることに委せ、「難しい」と思うメッセージでも喜んで受け取ったことで、彼らが数年に渡って成長したのと同じように。
106.預言の賜物は筋肉のようで、使っていけば強くなります。そして使えば使うほどもっと使いやすくなり、もっと多くの答を受け取るようになるでしょう。実際の筋肉を強くすればもっとウエイトを挙げられるようになるのと同じです。すっかり簡単になるというのではありません。敵はいつだって預言で主から聞くことに対して戦うでしょうから。でも、賜物をもっと使えば使うほど、前より簡単になり、あなたの信仰は育つでしょう。ですから、信仰を引き延ばし、成長させるこの機会を良いものとして見ましょう。実際、まさにそうなのです。
107.(イエス:)預言の賜物はとても大切だ。あなた自身の預言の賜物も、ホームの預言の賜物も、そしてあなたがたの個人的な預言の賜物が結集したものも、勝利チームの質を向上させる。だから、あなたの賜物を向上させ、強め、共に信仰を育てるためにできることは何でも、霊の内での素晴らしいボーナスだ。わたしからもっと受け取るためにあなたの賜物をもっと使い、信仰を引き伸ばすのは十分価値がある。
108.あなたは人々がどのように強くなるかを知っている。人というものは、もう少し重いウエイトを持ち上げようと自分を強いることで強くなる。さて、預言の筋肉の働きもそれととても似ている。自分を「強い」ないなら、あまり進歩できない。今の状態は維持できるが、大して強くはならない。だから、ファミリーよ、わたしはあなたに、毎月のプレア・デーでもっと預言の時間を取ることによって、預言という面でもっと自分を強いるよう求めている。忙しいスケジュールの中でこの時間をもっと取るよう求めているのではなく、ただ、すでにあなたが割り当てている時間をもっと有効に使うよう求めているのだ。
109.あなたがたの多くがこれを大喜びしていないことは知っている。おそらく、自分の預言の賜物に自信がないか、まだまだ先が長いと感じているか、もしかしたら何を祈るように言われるかが心配か、怖いのかもしれない。だが、愛する人たち、心配しないで。あなたに耐えられる以上のものは与えないと約束する。わたしもシェパードたちも、あなたに優しく働きかけるから。わたしたちはあなたを励まし、もっと信仰を引き延ばしたり、以前には信仰がなかったような質問にも喜んで取り組んだりするよう促すが、愛の内でそうするだろう。
110.そして、新しいチャレンジに面した時には、その理由を思い出しなさい。あなたが預言の賜物を強めているのは、今日それが重要だからだけでなく、将来にはさらに重要になるからなのだ。あなたが預言の賜物を強めているのは、ホームの預言の力が合わさるなら、もっと強くなるからだ。あなた自身の賜物をわたしに高めさせるなら、あなたはホーム全体の賜物を向上させることになり、それによって自分たちをより有能な勝利チームにしていることになる。
111.もっとわたしに期待してほしい。語るというわたしの能力にもっと信仰を持ってほしい。わたしの答を受け取り、わたしのカウンセル全体を受け取るために、もう少しがんばり続け、もう少し懸命に働きかける姿勢を持ってほしい。喜んで信仰を引き伸ばし、以前にはしなかったことにも取り組んでほしい。信仰が心もとないと感じても喜んで誰かのためにわたしから聞いたり、自分自身のためにわたしのメッセージを求める方がもっとやりやすく感じたとしても喜んでホームのためにわたしの答を受け取ったり、少し怖くても預言という飛び込み板から喜んで飛び降りたりしてほしいのだ。
112.あなたの中にはわたしの霊がある。わたしはあなたに預言の賜物を与えた。だから、愛する人たち、わたしが与えたものをもっと使いなさい。ホーム全体の益になるよう、預言の賜物を使いなさい。わたしに語りかけるだけでなく、わたしに耳を傾けることによっても、プレア・デーをもっと有効に使いなさい。自分にはできないと思っても心配しないで。その気持ちはわかる。だが、わたしにはできるのだ。わたしには答がある。わたしはあなたに語ることができ、語るつもりであり、そうしたい。わたしはあなたのホームにもっと答えや導き、指導を与えたい。わたしは預言の経路を通してあなたのホームを、あなたの勝利チームを強めたい。
コンフェレンス・タイム
113.(ママ:)ご存知のように、コーチは月に2日、コンフェレンス・デーを取るよう要求されています。また、私とピーターはRSたちにもコンフェレンス・デーを取るよう指導しています。RSとコーチではその詳細や具体的な点は異なります。必要が異なるからです。でも、基本的な原則は同じで、それは、補充され、御言葉に浸る余分の時間を取り、預言で主から聞くなどをすることでもっと良い仕事ができるようにすることです。
114.「強めに向かって、パート4」で言ったように、私とピーターはすべての人がコンフェレンス・タイムを取れるならとてもうれしいです。皆、忙しい生活を送り、多くの責任を負っているので、主との余分の時間は益になると思うからです。でも、それについて祈ると、主は、今はそのような急激な変化を求める時ではないと言われました。皆さんは他にもしなければならないことが色々あり、評価基準を実施し、新しいリーダーシップ構造やその他ファミリー全体の変化に慣れようとしながら様々な変化に順応している所なので、主は、ファミリー・メンバー全員にコンフェレンス・タイムを取るよう要求するのは現実的ではないと言われました。皆さんの一ヶ月には限られた週しかなく、週には限られた日数、一日には限られた時間しかないからです。これ以上の要求事項を加えなくても、毎日要求されている1時間半のワードタイムを組み入れることでさえ、皆さんの多くにとってすでにチャレンジなのです。
115.これについて祈ると、主は、ファミリーの全員に毎月コンフェレンス・タイム(毎日の1時間半以上の主との時間)を取るよう求めるのは悪い考えではないし、私たちが主から聞き、主との時間を取る時、主はいつだってそれを祝福されるけれども、今はそれを要求する時ではないと言われました。けれども、主はホーム・レベルでそれを決めることはできると言われました。ですから、あなたのホームでその必要があると感じ、全員に幾らか余分のコンフェレンス・タイムを割り当てることがホームにとって益になると思うなら、ぜひそうして下さい。
116.あるいは、ホームの全員にコンフェレンス・タイムをスケジュールすることはできないと思うなら、ホーム・シェパードに半日であれ丸一日であれ、毎月幾らかのコンフェレンス・タイムをあげる可能性を探ってみることもできます。皆さんのホーム・シェパードたちはホームの霊的状態に責任を負っており、ホームとして皆さんが前進するのを助けるよう任命されているので、彼らに定期的なコンフェレンス・タイムを幾らかスケジュールするよう試みるのは、ホームにとってきっと大きな益となるでしょう。ホーム・シェパードたちが霊的により強いなら、もっと良い仕事ができるようになるので、ホーム全体にとって益になるからです。もちろん、繰り返しますが、これは完全に自由意志によるものであり、要求事項ではありません。
117.ですから、ファミリーの全員がコンフェレンス・タイムを取ることを新しい要求事項にしているわけではありませんが、上に挙げた理由により、私たちは、プレア・デーの一部をそのために使うよう勧めたいと思いました。コンフェレンス・タイムが何であるかについて、主は上でこう述べられました。「わたしやわが言葉、預言でわたしから聞くことの余分の時間。これを瞑想や熟考に費やす時間としてもよい。霊的に補充され、新たにされ、強められる時間だ。コンフェレンス・タイムには、賛美やわたしを親密に愛することに当てた時間も含められる。」
118.主はRSとコーチに、コンフェレンス・デーについて他にも具体的な要求事項を与えられました。それらはそれぞれわずかに異なります。でも、ホーム・レベルでのコンフェレンス・デーについて話す時に主と私が意図している意味は、以下の通りです。それは、御言葉革命で要求されている1時間半の要求事項に加えて主と過ごす個人的な時間のことです。そして、たとえばプレア・デーにコンフェレンス・タイムを取るようスケジュールされている場合、コンフェレンス・タイムに預言で主から聞くことに使う時間はあなた個人のためであって、個人的な質問や、御言葉の個人的な適用、あなた自身が通っている戦いについて聞く時間なのです。ホーム・シェパードたちから割り当てられたホームに関する質問や、ホーム霊的生活、他の人についての質問は、個人的な「コンフェレンス・タイム」ではありません。
119.(イエス:)コンフェレンス・タイムを取ることから派生する益とは、霊的に補充され、強められることだ。あなたは毎日わたしとの時間を取っているが、時折、深く養われ、わたしがあなたに与えたい「余分」を受け取るために、わたしとのしっかりした時間を余分に取るのは健全なことだ。毎日要求されている時間しか取らなくてもあなたは大丈夫だろうし、時にはその時間しかないこともある。だが、フリータイムに余分の時間を取るのであれ、ホームが各メンバーのために幾らかの時間をスケジュールするか、あるいは毎月のプレア・デーや、あなたのフリーデーであれ、時折わたしとの余分の時間を取るよう取りはからえるなら、あなたにとって大いに益となる。
120.わたしと定期的に取る時間は毎日のシャワーになぞらえることができる。すっかりきれいさわやかになって、わたしに仕え続けることができる。それは、体制の垢や敵が投げかけた泥を洗い流してくれる。毎日シャワーを浴びればきれいでいられる。だが、時折、時間の余裕があれば、わたしとの余分の時間を取るのは非常に活気づけられることだ。それを熱い風呂にたとえよう。あなたはわたしとの時間をもっと取ることができ、わたしがあなたを十二分に満足させるに委ねる。あなたはわが霊の水に浸かり、さらに活気を得る。
121.だから、特にプレア・デーにホームの人たちが余分のコンフェレンス・タイムを取れるなら、全体的に益となるだろう。それほど多くの時間は組み込めないかもしれないが、その時間を有効に使い、霊の内でしっかりわたしとつながるなら、その価値は十分ある。日々生活の荷を下ろし、霊の内で清められる時間を取り、自分自身強められ、わたしの霊と信仰、ポジティブなインプットで満たされる時間を取るなら、あなたはその違いを感じ取るだろう。
任意の話し合いのための質問
*ホームとして、どのようにすれば毎月のプレア・デーにもっと多くを組み入れられるかを話し合う。どうすればより良くスケジュールできるだろう? ホーム・メンバーのために預言の時間や個人的なコンフェレンス・タイムをもっと組み入れられるだろうか?
*とりなしの祈りのミーティングを興味深く、魅力あるものにする方法を話し合う。
*どのようにすればホームで祈りの生活を活気づけられるかを話し合う。
*部屋をぐるっと順番に一人ずつ、預言の賜物について話し合う。各自が、プレア・デーに預言の賜物を定期的に使ってそれを鍛錬することで個人的にどんな益を得られると思うかを説明する。それから、もっと預言の力を生じさせるならホームとしてどのような益が得られるかを、ポップコーン形式で言っていく。
*あなた個人やあなたのホームが毎月のプレア・デーの時間を取る余裕がないと思っても、とにかく従った時のことについて話し合う。どんな成果があっただろうか? 主はどのようにあなたを祝福しただろうか?
「御言葉を行う者」になるための任意の実際的方法
*祈って、今行っているプレア・デーの方法が最高の御心かどうかを主に尋ねる。やり方を変える必要があるだろうか? プレア・デーをする日を変える必要はあるだろうか? 今、半日のプレア・デーを二回取っているとしたら、代わりに丸一日のプレア・デーを一回取るべきだろうか? あるいは、今、丸一日のプレア・デーを一回取っているとしたら、半日のプレア・デーを二回取ることを考慮すべきだろうか? 何か実務的な変化が必要だとしたら、それは何だろう?
*祈って、プレア・デーを改善する方法を主に尋ねる。たとえば、とりなしの祈りのミーティングにもう少し火とインスピレーションを加える必要があるだろうか? もっと良く計画する必要があるだろうか? 預言や主から聞くことにもっと時間を当てる必要があるだろうか? できる時には全員に幾らかの個人的なコンフェレンス・タイムを組み入れるのは益になるだろうか? 祈りの時間や預言の時間、コンフェレンス・タイムに費やす時間は、全員平等にあるだろうか? それとも、子供の世話や他の必要な仕事をもっと分担して、全員がプレア・デーに参加できるようにする必要があるだろうか?
*ホームのプレア/コンフェレンス・デーを改善するために、どんなに小さなステップでも、すぐに何か実際的なステップを踏み始める。
アラカン:アラカンとその手下どもは、神のすべての経路と戦い、思いを混乱させ、曇らせようとする。
奇跡の戦士たち:私たちが祈る時に必要な奇跡が何であれ、それを運ぶよう主が任命するスピリット・ヘルパーや天使、その他の存在。
経路最高指令軍、「Chief」:天国の天使軍の上官。大天使ミカエルに率いられ、私たちが預言を受け取る時に戦う敵の悪鬼どもを滅ぼすよう訓練されている。
妖精天使の戦士:私たちの経路と戦うアラカンを混乱させる。
先生が皆に言った。「午前中は電気についての授業をします。教科書の326ページを開いて下さい。」
何人かの生徒があくびしながらのそのそと教科書を開いた。ヒゲット先生は長くてだらだらした授業や「退屈なエピソード」の趣味があり、科学の授業はいつもそうだと言われている。ヒゲット先生は科学の複雑さが好きで、多くの科学的事実に魅惑されている。けれども、その熱意を授業に反映させることができず、逆に教科書にある情報を長々と読むだけになってしまった。
ある朝ヒゲット先生は校長から呼び出された。「ヒゲット先生、あなたの科学に関する能力と、ここで科学の教師としての仕事をしてくれていることを感謝していますよ。けれども、あなたが科学を教え始めて以来、子供の成績ががたっと落ちて気になっている親御さんたちから苦情がたくさん来ているのです。先生の科学的知識が不足しているせいではないのは確かですが、明らかに、この生徒たちは以前、科学が大好きで、良い成績を取っていたのです。見たところ、クラスの意欲が低下しているので、後押しが必要なようですね。」
校長がさらに問題の幾つかを説明するのを、ヒゲット先生はほとんど何も言わずに聞いていた。科学への熱意が生徒に伝わらなかったのが悲しかったのだ。彼は、さらに深く考えて、授業をもっと対話形式にする方法を見つけようと決意した。
より良いプログラムを作るために払った努力によって、ヒゲット先生の授業は劇的に変わった。授業に、実験、クイズ、プロジェクト、おもしろい科学知識を含めたのだ。もっと計画の時間は必要になったが、この新しい方法に彼は夢中になった。教科書を読む学習時間もあるものの、授業全体がもっと良く計画され、時宜を得た学習体験となった。生徒の進歩も否定のしようがなかった。科学の授業は今、皆にとって待ち遠しい時間となり、生徒の生活に新しい霊感をもたらしたのだ。
ヒゲット先生はよく笑みを浮かべて独り言を言う。「計画にもう少し余分の努力を払うのはとても役立つものだ」。彼は科学を教えるのが大好きだ。そしてそれ以上に、彼は新しい手法が生徒たちにもたらした変化を大いに気に入ったのだ。
122.(イエス:)わたしは鉱物や養分が豊富に含まれた肥沃な土地のようだ。そこに農夫であるあなたがやってきて、預言という鍬入れの鍵で地を耕す。あなたは質問という種を蒔き、わたしが答を成長させる。あなたがいつ、どの答を必要としているかをわたしは知っており、あなたが忠実に地を耕し、わたしのところに何度も来続ける限り、わたしはあなたがいつでも適切な時に適切な答を得られるようにしておく。
123.能力と思いやりと愛があるイエス様、いつもすぐそばにいて、カウンセルや指導を下さることゆえに、あなたを賛美し感謝を捧げます。イエス様、あなたがとても必要です。あなたが示して下さることがいつもうまく行くことを感謝します。あなたなしでは決して答えを見いだせません。私たち自身の計画性は、その中にあなたがおられないなら至らない点ばかりです。あなたがすべての答を持っておられること、私たちはただ受容性の鍵の力を呼び求めて受け取るだけでいいことを感謝します。
124.鍵には生まれつきの能力のどんな不足にも取って代わる力があることを感謝します。導きと指導の鍵を呼び求め、プレア・デーをどう計画するのが最善かを示して下さるよう、あなたに求めます。この時間を最大限に活用することに失敗したくありません。どうか、プレア・デーを最大限に活かす方法を告げて下さい。私たちは、導き、計画性、時間管理の鍵を作動させます。
125.私たちがプレア・デーに成し遂げるべき最も大切なことは何ですか? あなたはとりなしの祈りの時間をどう計画してほしいですか? ホーム全体のミーティングをすべきですか? それとも、少人数のグループに分かれるべきですか? それとも、その二つを組み合わせるべきですか? 養われ、インスパイヤリングなプレア・デーを計画できるよう、霊感と喜びの鍵を呼び求めます。
126.私たちに一緒に読んでほしい御言葉は何かありますか? それとも、あなたは前もって私たちにメッセージを与え、それを祈りのミーティングで読んでほしいですか? どの賛美と祈りの方法を使うべきでしょう? どのような祈りのテーマに的を当て、どのプレア・リクエストを含めるべきでしょうか?
127.私たちやファミリーの人たちの必要のためにとりなしの祈り時間をしっかり取ること以外にも、プレア・デーに何を含めるべきでしょうか? 今週は預言であなたから聞く時間を組み入れるべきでしょうか? もしそうなら、全員に同じ預言のアサインメントをあげるべきでしょうか? それとも、今週は個々のメンバーにホームに関する事柄を割り当て、それについて祈ってもらうことに集中する方がもっと大切でしょうか?何の主題について祈るのが一番大切でしょうか?プレア・デーについて私たちが考えていないことで、あなたが語りたい側面は他に何かありますか? 私たちに与えたい新しいアイデアや方向性は何かありますか?
128.実り豊かなプレア・デーを計画するには、とてもたくさんの詳細が関係しています。愛する主よ、どうか何を達成するのが一番大切なのかについて、要点を説明して下さい。インスピレーション、信仰、啓示、譲渡の鍵を呼び求めます。私自身の考えを脇に置きます。そして、これについて明確で完全な指導を与えて下さるよう求めます。私たちは、悪鬼を打ち負かし、オブスタコンを完全抹消する賛美の武器を振るい、実り豊かなプレア・デーを取るのを邪魔しようとするその他の妨害者たちすべてをやっつけ、木っ端みじんにします。
129.スケジュールを計画し、あなたが望まれる方法でこのプレア・デーを実行するのを助けてくれる賛美の武器を感謝します。鍵にとって距離は関係ありません。そして、私たちが祈っているのが遠くの人でも近くの人でも、健康、強さ、力、塗油、知恵など、すべての必要のために鍵を呼び求めることができ、それがその人たちに届けられるのです。私たちのとりなしの祈りを援護するために奇跡の戦士たちを送って、不可能な状況を勝利に変えられるようにして下さい。
130.イエス様、あなたの世界中のファミリーのために祈りの戦士として見なされる特権を感謝します。彼らの荷を軽くし、戦い続けるための力を与える奇跡を起こす鍵を求めます。
主は犬のノミよりもたくさんのアイデアを持っている。だから、その幾つかを主に求めて、祈りのミーティングをパワフルで忘れられないものにしなさい。
熱心な祈りのない人生は半分だけの人生だ。
一つの祈りが違いをもたらせるなら、全身全霊を込めたたくさんの祈りが何をできるかを考えてみなさい。
変化は進歩を約束しないが、進歩には変化が必要だ。
祈りはハードワークだが、楽しく、生き生きとし、充実したものともなり得る。
預言とは、もっと頻繁に使うなら、あなたのホームがもっと急速に前進するのを助ける賜物だ。
あなたはプレア・デーにつぎ込む分だけそこから得る。
あまり成果が見られないなら、伝達手段としてインスピレーションを使ってみなさい。
祈り、預言、賛美に対してもっと熱烈な態度を取りなさい。そうすれば、顕著な進歩の道が開けるだろう。
祈りと預言の数時間は、その月の最も効果的な一分一分から成り立っている。
***
131.(ママ:)次のセクションは、前のセクションやシリーズの他のセクションとは少し違う形になっています。去年のリーダーシップ・ミーティングのために準備したメッセージや、今年のコーチ・トレーニング・セミナーで読んだメッセージが含まれているので、「勝利チームを訓練する」のスタイルになっていないからです。でも、これはとても良いカウンセルだし、「瞑想」は「コンフェレンス・タイム」の一部なので、このGNの主題に沿っていると言えます。そして、これは元々リーダーシップに与えられたものですが、主は私たち全員に瞑想についてもっと学んでほしいと願っておられるので、私はこれを皆さんのために出版したいと思いました。
132.私はこのミーティングの資料を「そのままそっくり」載せ、その後で、主が最近私個人に与えられた預言の「追加の読み物」を少し載せるつもりです。このメッセージが参考になり、勉強になりますように。そして、瞑想についてもっと学び、主との時間や、プレア・デーに個人的な「コンフェレンス・タイム」を取る場合に瞑想をするよう努力し始める際、私たちが素晴らしい恋人であり夫である主に近づき、主の思いにもっとしっかりつながれますように。
133.メッセージを読むと気づくと思いますが、これらは明らかにリーダーシップに与えられたものです。でも、ファミリー全体にこれを分け合うことについて主に尋ねると、主はこう言われました。「元々わたしはこれをリーダーシップに向けたが、ミニストリーやわが王国での奉仕の役割が何であれ、すべてのファミリー・メンバーにとって瞑想は益になる。わたしは、すべてのファミリー・メンバーが瞑想とわたしとの交わりの時間を取るよう望む。これはリーダーシップのためだけに取っておかれたものではない。」
134.(ママ:)何人かの人が、「瞑想」とは正確に何のことなのかと尋ねました。どのようにしてするのでしょう? また、自然とその時間を取れることはないので、瞑想のために時間をスケジュールしなくてはならないと思うと言った人もいました。
135.同じ質問を幾つか受け取ったので、私たちは主に次のように尋ねました。瞑想についてや、それを生活の一部にする方法を学んでいる皆さんにとって、主の答が祝福となりますように。
136.(質問:)イエス様、瞑想とは正確に何なのかを説明していただけますか? 具体的に、何が「瞑想」と言えるのでしょうか? そして、「瞑想」の時間から最大限を引き出すにはどうすれば良いのでしょうか? ほとんどのRSはこの時間を組み入れるのがとても難しいと言っているので、スケジュールしてしまうことが大切に思えます。でも、もしかしたら、それは概念が少々漠然としているからなのかもしれません。瞑想とは正確に何なのでしょうか? それが何か、またどのようにするのかがわからなければ、当然、私たちはその時間を取りません。そして、もし取ろうとしても、的を射ているのかどうかが全くわからないのです。
137.どうか、瞑想とその益、その方法について、また、瞑想に十分な時間を費やさないなら何を失うのかや、トップ・リーダーシップが瞑想の時間を取ることの必要性について、鍵となる指導の全体像を説明して下さい。
138.(イエス:)瞑想とは、地上でのわたしの人生でも大切な部分だった。わたしの奉仕の期間は3年だけだったが、それでも、奉仕を始める前、大人になってから全体的に数年間を、山や荒野で、静けさと孤独の内に父と交わって過ごした。だが、いったん本来の奉仕が始まると、わたしは父との近い交わりと瞑想に何時間も費やした。
139.わたしはあなたがリーダーとして直面するプレッシャーを知り、理解している。群衆からの懇願をまるで昨日のことのように覚えている。とても多くの人々がわたしを頼り、答を求めてわたしの所に来て、いやしや救いを求めていた。誰でも気が狂うような状況だ。わたしは神のひとり子だったが、人間のあらゆる弱さに自分を制限していたので、わたしとて頻繁に瞑想の時間をたっぷり取らなければ、ノイローゼになっていたかもしれない。
140.瞑想の時間に、わたしは具体的に何をしたのか? わたしはただ静かになって耳を傾けることに多くの時間を費やした。中にはその時間中熱心に祈るか、何時間もかけて問題や厄介ごとをわたしに告げなくてはならないと感じている人たちもいる。それもわたしとの時間の大切な部分だが、静かな瞑想の時間もたっぷり取るのを忘れてはいけない。目を閉じ、雑念を取り除き、しばらく口を閉じていなさい。実際に預言を受け取らなくても、あるいはあなたが聞く言葉が短く簡単なものであっても、それでも効果的に瞑想していることになる。
141.瞑想をしているこの世の多くの人や偽りの宗教の信者たちでさえ、そこから益を得る。もちろん、彼らは霊の世界の間違った側にも自分たちを開くのであって、それは極めて危険なことだ。だが、瞑想という概念はそれでも非常に健全で、わが子らであるあなたがたにとっては間違いなく安全だ。これは、静まって霊の世界に波長を合わせ、雑念を取り除き、リラックスし、ウイングでの騒動から抜け出ることなのだ。
142.つまり、少なくとも毎日少しの時間でも、声も思いも完全に静める時間を取らなくてはならないということだ。仕事についてわたしから直接の答を得たり、祈りで心を注ぎ出したり、わたしに罪を告白したりしていない時間だ。体と霊における、全くの平安と静けさの時だ。
143.あなたには毎日欠かさずこの時間が必要だ。そして、すでにわたしの前で静まる時間を取ることに慣れていないなら、リラックスして思いと霊をわたしに支配させることを学ぶために、自己鍛錬が必要かもしれない。これは、あなたではなく、わたしがあなたを一時的に所有して思いを支配している時間だ。リーダーであるあなたの思いには様々なビジネスや問題が押し寄せるので、少しの間完全にわたしにあって休息するのを学ぶには、おそらく練習が必要になるだろう。ことによると何度も試さないといけないかもしれない。
144.その日、その気になるかどうかに関わらず、あなたは時間を見つけなければならない。できれば毎日同じ時間がいい。祈ったり、わたしから預言を受け取ったりするだけでなく、完全に静まって、わたしの愛情深く平安に満ちた顔だけを思い浮かべたり、簡単な聖句の真実だけを考える時間だ。
145.何か集中できる、短く単純なものがあると助けになるだろう。「わたしはあなたを捨てて孤児とはしない。あなたがたの所に帰って来る」などの暗記した節や鍵の約束を選んで、目を閉じ、それを頭の中でゆっくりと、静かに言うのだ。あるいはわたしの顔を思い浮かべ、何も言わずリラックスしたまま、それに集中する。あるいは、わたしはただ、しばらくの間、あなたと無言のまま休みながら横たわりたいこともあるだろう。事実、あなたが忙しければ忙しいほど、わたしは何も言わないか、ただ心に二言三言ささやいて、それからほとんど何も言わない可能性が大きくなる。
146.以前にも言ったように、祈り、賛美、預言、わが言葉を読むことなど、わたしとの時間の他のすべての形が大切だ。それなしには、リーダーとして、さらには弟子として正しく職務を果たせない。だが、時々、あなたはあまりにも忙しい霊に入って、そうしたわたしとの交わりの形すら、忙しさの霊をかもし出すことがある。賛美のためのユニークな方法を始終考え出さなくてはならないとか、人間に可能な限り多くの祈りを熱烈に祈らなければならないとか、最も能率的に働く方法について預言を受け取るべきだとか感じるのだ。だが、どうか、お願いだ。毎日、静まり、休まる時間を取ってほしい。静かで平安に満ちた瞑想を怠ってはいけない。あなたはリーダーとして、それなしでは生き残れないからだ。
147.そうだ、わたしも必死に、感情に動かされて祈ったこともある。ゲッセマネの園での祈りがそうだ。そのように必死に祈り、涙を流して感情的に心を注ぎ出すことは必要だった。けれども、その夜、わたしが何をしたかを知っているだろうか? 死が迫っているという極端な状況下でさえ、わたしは夜にたっぷりと時間を取って静まることを怠らなかった。そして、それがこれからの戦いへの準備の大切な部分だったのだ。
148.そのような状況で静まるのは簡単ではなかったが、わたしは父ダビデよりずっと以前から、「立ち止まれ、見よ、聞け」の概念を知っていた。そして、わたしがそれに従い、瞑想したゆえに、父はわたしが目の前に待つ苦痛と死に耐えるために必要とする超自然的な平安を与えることができたのだ。
149.この3つの言葉の意味を考えてみなさい。「立ち止まり、見よ、聞け」。
150.立ち止まる:つまり、あなたが思っている通りの意味だ。今何をやっていても、どこに行こうとしていても、立ち止まる。だが、それは肉体的な意味だけではない。自分の思いをしつけて、過去の心配やその日のビジネス、将来への恐れなどを考えるのをやめなければならないのだ。これには鍛錬が必要だろう。
151.見よ:これは必ずしも、毎日の仕事への答を求めて一心不乱にわたしを見ることとは限らない。瞑想という意味からすると、それはわたしの顔を思い描いたり、思いを集中できる簡単でくつろげる霊的真理、たとえば暗記した節や鍵の約束、預言の抜粋などを探すことだ。探しているものが見つかったなら、秘訣は、それを見続けて、問題やビジネスや責任からのプレッシャーに思いをさまよわせたりしないことだ。
152.聞け:ただ静まりなさい。リラックスしなさい。わたしのささやきに耳を傾けなさい。たとえわたしが何も言わなくとも、霊の内での、その平安に満ちた静かな静寂に耳を傾け続けなさい。そこまで静まるには多くの信仰を要する人もいるかもしれないが、これは瞑想の重要な部分だ。
153.本当だ、静かな瞑想の時間を定期的に取るなら、あなたはリーダーとしてはるかに幸せで、はるかに有能になる。気が散らず、体も思いも霊も完全に静まれるとわかっている場所を見つけなさい。それを毎日しなさい。簡単にできるかもしれないし、幾らか練習が必要かもしれない。そして、練習が必要なら、「心の思い(瞑想)がわたしの前に喜ばれ」るまで試みなさい。そうすれば、わたしは「あなたの岩、あがない主になる」(詩篇19:14)だろう。
154.(イエス:)瞑想とそれが意味するものは、長年に渡って幾分あいまいになってきた。特に、世界中で瞑想が色々な方法で実践されている現代はそうだ。肉体面、病気を治すという面、霊的な面であれ、その治療上の益は広く裏付けられている。元々、瞑想は「治療」やいやしの行為と関係があった。そして、わたしは、どのような形の瞑想も、体と霊両方のいやしを生じさせる行為であると確証する。
155.瞑想とは、思いをいかなる思考からも空にし、霊が完全にリラックスし、休まる状態に達するために、ただ一つのことに集中する行為を言う。目的は平安であり、思いの平安と霊の平安だ。周りの世界の忙しさや喧噪から思いと自己を切り離すという行為自体さえ、人の霊を一新させる。この世の多くの人たちは、単に霊的原則と法則の基本を実行することで、瞑想の初歩のステップを通して精神や霊の平静をある程度得ている。
156.瞑想をするこの世の多くの人たちは、自然の内部を見つめるか、また自然に目を向けることで、霊の平安と休息を見出す。自然はわたしを映し出しており、いやしの要素をたくさん含んでいる。たとえば、緑が持ついやしの力や、青い空を見上げることで心が安まり、心拍数が低くなるなどだ。わたしはわが子らの必要がとても大きいと知った時、彼らためのいやしの要因と要素として、愛と知恵の内にこれらの色を豊富に創造した。わたしは、あなたの霊の与えられる平安と美の象徴、かつ反映として、わが創造物を与えた。それが理由で、わが創造物に囲まれた静かで離れた場所に引きこもるなら、すぐにと言っていいほどあなたの霊と体は休息と静けさの状態に至る。
157.だが、この世の多くの失われた人々は、自然や自分自身の内面を瞑想することで霊の休みを得ることで止まってしまい、わたしの真の瞑想を得られていない。彼らは、エネルギーとパワーの最高の形態を見出したり、それを引き出したりしていない。それはわたしの内にしか見出せないのだ。わたしは真の瞑想の核心となるものだ。わたし以外のどの核心を探しても、あなたはある程度のレベルにしか達せない。わたしのパワーに集中し瞑想する時、わたしのパワーは他のすべてのレベルを超えてあなたを天まで上げる。わたしの最も高く最も純粋な瞑想の形態とその益にあずかるなら、わたしはあなたにそのようなパワーと安定、霊の休息を与えることができる。
158.真の瞑想の基本原理となる真理は、何年も前に「朝の祈り」でわたしがダビデに与えたメッセージの中にある。そこでダビデは、シェパードの第一の仕事は、甘美な音楽と賛美、わたしとの交わりで一日を始めることによってわたしとのつながりを保つことであるという、基本的な真理を繰り返した(ML #98)。
159.愛するリーダー、シェパードであるあなたがた一人一人は、群れに甘美な音楽を奏でられるように、そのような休息と瞑想に入る方法を学ぶべきだ。それが理由で、わたしは休みに入るようあなたがたに勧めた(ヘブル4:9-11)。つまり、あなたは安息に入るよう努力しなければならないということだ。矛盾しているようにも思えるが、そのような安息とわたしの中庭に入るには、努力とある程度の意志力を用いなければならない。
160.あなたがたはそれぞれ、瞑想の鍵を要求して、あなたにとってうまく行くならどんな方法を使ってもそのような静けさと完全な瞑想の状態に入るのを学ぶ努力をする必要があるだろう。わたしの花嫁がそれぞれ自分の生活におけるとりなしの祈りの武器を作動させる鍵を個人的に探し出さなければならないのと同様、どうすれば瞑想の場所に入れるかについてもわたしに尋ねなければならない。
161.毎日この時間を取る習慣がまだついていないなら、ただその時間をスケジュールして、何か他の事柄のためにそれが脇に押し出されることがないようにすればいいだけかもしれない。わがリーダーでありシェパードであるあなたがたの場合、わたしはこの瞑想と交わりの時に対して、あなたのワードタイムと同じ見方をする。これは侵してはならない時間だ。
162.その時間なしでは、決してあなたにとって必要になる霊の休息も、平安も信仰も得られない。静かな瞑想とわたしとの交わりにのみ見つけられる霊の休息がなくては、忙しさ、責任、思い煩い、懸念、仕事の荷が最終的にあなたの霊の火を消してしまうだろう。あなたの霊の強さ、忍耐、信仰、信頼、平安をかき消してしまうだろう。そして、ダビデが言ったように、すぐに群れはあなたの霊を感じ取る。あなたはわたしの音楽を奏でるのではなく、あなた自身の音楽を鳴らしているからだ。あなたの炎はちらつき、小さくなって、間もなくあなたの芯はくすぶり始めるだろう。あなたはもうわたしの油を燃やしていないからだ。
163.まず瞑想の状態と霊の休息に入らなければ、わたしはあなたに注ぎ入れるのでさえ難しい。わが言葉さえあなたに入らず、あなたを貫かず、あなたを動かさない。あなたはすべての活動を止めなければならない。霊の内で静まり、静けさと霊の休息に至り、自分を空にしなくてはならない。そして、その状態になった時、わたしはあなたの理解を超える方法で注ぎ入れることができる。超自然的で、説明しがたい方法であなたを支えるのだ。
164.あなたがたは全員、この時間を取らなければならない。離れた場所にこもらなければならない人もいるだろう。また、そのような選択肢がない人もいるだろう。どんな状況であれ、できるだけ静かで邪魔の入らない場所を見つけなければならない。わたしとつながり、静けさと静寂の中で、邪魔が入らない所で霊の内で接続する方法を見つけなければならない。適切な状況や条件、またこの時間を必ず取るのに一番うまくいく方法は、一人一人異なるだろう。この瞑想の状態に入る方法が一人一人にとって異なるのと同じだ。祈りの生活やわたしとの歩みの本質が非常に個人的でおのおの異なり、人によって様々であるのと同様、瞑想に入るための方法もそれぞれ異なる。
165.わたしを瞑想するというのはどういうことだろう? それはすべての活動をやめ、思いからあらゆる思考を取り除き、わたしだけに関心と焦点を集中させることだ。あなた自身とあなたの思いを、夫であるわたしの前で裸にして横たわることだ。わたしたちを隔てる一切のものを脱ぎ捨て、わたしをあなた自身にフル・アクセスさせることだ。
166.人々はしばしば、瞑想と熟考を同一視するが、熟考というのは過去の出来事や決断、人生での出来事、さらにはあなたが読んだものをじっくり考えることだ。瞑想とは、一切の思考を捨てて自分を空にし、わたしにあなたを満たさせることだ。あなたの思いをコントロールしてわたしに与え、わたしの望むままに自由にあなたにつながらせることだ。
167.わが花嫁、恋人であるあなたがたは、わたしを親密に愛することや、愛と興奮の親密な言葉、賛美の言葉を通して、わたしの奥の寝室にすぐ入ることができる。完全な、全くの自己放棄と服従の内にわたしを愛し、賛美することは、あなたの思いから他のすべての思考を取り除き、瞑想の場に入るのを助ける。だから、わたしを親密に愛することは、瞑想への門口、あるいは戸口なのだ。
168.(あるRSが瞑想について受け取ったメッセージの抜粋;イエス:)真に瞑想すること、わたしやわたしの言葉を瞑想し、自分自身を開いてわたしとわたしの種を受け入れることを学べるなら、あなたは完全に異なった人となるだろう。あなたはわたしとの時間、花、シャロンのバラとの時間を十分に過ごして、バラの匂いをつけて出て行くだろう。
169.この瞑想は、あなた自身をわたしに開いて、あまり何も考えず、ただわたしがあなたを満たせるよう、思いと心をわたしに開く静かな時間でもよい。わたしはあなたに、先入観や偏見のある思考様式なしに、わたしに向かって開いた思いを持ってほしい。何で満たされるかも知らずにオープンになり、わたしの種を待ち、喜んで受け入れる思いを。
170.その時、わたしはあなたに注ぎ入れられるのであり、その後、わたしがあなた自身の霊的健康を強めるためのアイデアや、あなたのフィールドやホーム、あるいはあなたが訓練している人たちのためのアイデアを与えたら、それをついて頭を絞り、じっくりと考えることができる。わたしはあなたに与えたい特別なアイデアを何でも与られるが、あなたは立ち止まって、私の種と言葉、さらにはアイデアを受け取れるだけ十分ペースを落とさなければならない。
171.(質問:)賛美と預言も瞑想の一部ですか? そこがあまりはっきりわかりません。主は瞑想の時に主の種や御言葉を与えると言われているので、重なる所もあるように思えるのです。それとも、瞑想は完全に賛美や預言、また私たちが主との交わりで行う他の事柄とは全く違うのですか?
172.(イエス:)瞑想は賛美や預言と互いに補い合い、関係し合っていることは確かだが、それらとは異なる。
173.瞑想の時に思いを空にし、わたしに向かって完全に自分自身を開くなら、あなたはわたしの霊と種を受け取り、時にはわたしの言葉さえ受け取るだろう。だが、それはきちんとした預言やわたしからの完全なメッセージを受け取るのとは違う。時々、わたしはアイデアや考え、さらには言葉、歌など、あなたが聞くべきだと思うものを与えることもあるかもしれない。あるいは、わたしが何も言わず、何も言葉や思考を伝えなくても、超自然的にあなたの霊をくつろがせることもあるかもしれない。
174.賛美が特に瞑想というわけでもない。賛美は霊の内に入るのを助ける。賛美は呼び水をする。賛美していると、他のすべての思考やじゃまを脇に置く助けになる。賛美はあなたをわたしの前に連れてくる。だが、賛美は瞑想そのものではない。賛美する時間というのは、単に、あなたが自分の霊を効果的に瞑想できる状態に持って行くための手段なのだ。
175.時々、ワードタイムの最中に最も霊感されたアイデアを得ることがある。あなたは、一体どうしてわたしがワードタイムの最中に仕事に関係したアイデアを与えたり、何かを読んでいる最中、予期してもいない時に素晴らしいアイデアをひらめかせるのかと思っている。あなたの思いがわが霊と波長が合っているので、わたしはその時にあなたの思いに語りかけることができること、また、あなたの思いがその日のビジネスに巻き込まれていない時に、わたしはあなたにあてがわれているスピリット・ヘルパーがあなたの思いに語りかけさせることができるというのが、その理由だ。だから、静かな熟考と瞑想のために、毎日少しの間立ち止まりなさい。
176.あなたはこの時間を「瞑想のひととき」と呼ぶといい。ただ立ち止まり、リーディング・アサインメントやわが言葉の要求事項を満たすことを心配していない時間だ。その時、あなたは立ち止まり、わたしと交わり、その日のためにわたしを賛美している。
177.それは賛美に満ちた時ともなりうる。また、笑いに満ちた時、わたしが与えたものや、あなたを通してわたしが示したり行ったりしたすべて、どんなことについてもわたしを感謝する時ともなりうる。要点は、わたしたちのフェローシップの時ということだ。その時、あなたはわたしの言葉を極限まで吸収できるかどうかを心配したり、ニューワインのすべての詳細を把握しようと賢明に努力したりしていない。ただそこに座って、くつろぎ、瞑想するだけだ。
178.(質問:)このメッセージで、あなたは「静かな熟考と瞑想のために、毎日少しの間立ち止まりなさい」と言われ、それから、この時間を『瞑想のひととき』と呼ぶといい」と言われました。ということは、あなたは熟考も瞑想の一部にしたいと望んでおられるように思われます。
179.けれども、この前にある別のメッセージで、あなたは熟考と瞑想を区別されました。こう言われたのです。「人々はしばしば、瞑想と熟考を同一視するが、熟考というのは過去の出来事や決断、人生での出来事、さらにはあなたが読んだものをじっくり考えることだ。瞑想とは、一切の思考を捨てて自分を空にし、わたしにあなたを満たさせることだ。あなたの思いをコントロールしてわたしに与え、わたしの望むままに自由にあなたにつながらせることだ。」 どうか、これについて説明していただけますか?
180.(イエス:)熟考は瞑想とは同じではない。つまり、あなたは何かをじっくり考えているのであって、それは必ずしも瞑想していることにはならない。だが、この二つはうまくかみ合い、同じ状況でこの二つをするのは結構簡単だ。両方とも霊的に健全であり、あなたのために良い。熟考は、特にわが言葉で読んだことについてじっくり考えている場合、極めて大きな益ある。だから、わたしとの個人的な時間に、できるだけちょくちょく、その両方の時間を取りなさい。
181.あなたは、わたしが最近わが言葉で、コンフェレンス・デーのガイドラインの中で「瞑想」という言葉をかなり使っていることに気づいた。ダビデ王は、「私はあなたの約束(御言葉)を深く思い(瞑想し)ます」(詩篇119:148)と言った。ただそれを読んだり、肉の内で実際的に当てはめようとすることはできない。時々、あなたは立ち止まってわが言葉を深く思わなければならない。このような瞑想は、わが霊を中に入れる。
182.瞑想をプレイズ・タイムと組み合わせたり、時々メイトと一緒に瞑想したりしてもよいが、時には一人だけで瞑想すべきだ。外を歩いてわが言葉だけをしっかりと瞑想しなさい。「しっかり」というのは、本当の瞑想という目的を持って、正確に、それだけに専念することだ。ヨガをする人たちがどうやって瞑想するかを知っているか? それには目的と、狂気に至るという手段がある。彼らは幸福になるために、瞑想して、すべての神人協力作用、つまりすべての霊的エネルギーを魂の奥深くにある一つの場所で同時に発生させようとしている。気違いじみた教義だ。だが、わたしが今あなたに告げているのは真理なのだ。
183.あなたがわたしとわが言葉を瞑想するなら、わたしはあなたが必要とするアイデアを与えることができる。わたしはあなたが必要とする平安を与えよう。他の人を導く能力も与えよう。あなたが先頭に立たないなら、人を導くことはできない。そして、わたしがどこに行ってほしいのかを聞かないなら、先頭に立つことはできない。
184.これは、直接の預言を受け取ることに費やす時間ではない。それは別のことだ。預言とは、あなたは何も考えずに、ただわたしに注ぎ出させている時間だ。だが、わたしがあなたの思いを使いたいこともある。あなたの意識やアイデア、思考、計画とチームワークで働きたい時もあるのだ。
185.神人協力作用とは何かと思っているね? この世ではその言葉を異なった意味に定義し、異なった使い方をするが、わたしの辞書では、霊的エネルギーという意味だ。これは賜物や才能、霊的エネルギー、活力の高級な言葉だ。これは肉体的生産には関係せず、むしろ霊的・感情的生産に関係する一切のものだ。だが、わたしはこの言葉を使って、それがあなた自身の思考であり、わたしがスピリット・ヘルパーにあなたの思いや心に語りかけさせて与えた思考や計画、アイデアであって、それをわたしの下に携えてほしいことを理解できるよう助けている。
186.あなたの場合は、わたしを中心とした神人協力作用を持ってほしい。立ち止まり、わたしに耳を傾け、わたしについての思いをじっくり考え、わたしについて瞑想する時間を取ってほしい。もちろん、ヨガのように大げさで形式張ったことはしなくていい。むしろ、ヨガなど一切しなくていい。形式張らず、実際的な方法で、ただ静まり、じっとして、わたしに耳を傾け、わたしと会話するだけでいい。
187.預言を受け取っている時、あなたはそれがとても正式なものでなくてはいけないと感じることがある。一つの言葉も違わずに受け取らなくては、わが言葉の文章を一つも、少しも受け損ねまいと思う。あなたは預言に深い敬意を払っており、みだりにわが言葉に手を加えるべきではないと感じる。つまり、自分の考えが入り交じってはいけないと思うのだ。それが理由で、わたしはあなたに、瞑想の時を取ってあなたの思考やアイデア、神人協力作用をわたし個人に向けて送ってほしいのだ。そうすれば、わたしたちは対話し合うことができる。
188.瞑想を終える時、しっかりした選択肢や決断を得ている必要さえない。ただじっとしていればいい。わたしに耳を傾け、心の中でわたしと交わりなさい。ディクタフォンもなくていい。それどころか、わたしは録音をしてほしくない。そうすると、あなたは形式張ったものだと感じるだろうから。
189.(質問:)あなたはこう言われました。「ディクタフォンもなくていい。それどころか、わたしは録音をしてほしくない。そうすると、あなたは形式張ったものだと感じるだろうから」。それは、瞑想の時間にはディクタフォンを使ったりメモを取ったりしてはいけないということですか? ノートはどうなのですか? 瞑想の時にあなたが良いアイデアをくれたとしたら、私はそれを覚えていられるように、どうにかして記録したいと思います。
190.(イエス:)そうだ、たいていの人にとって、記録したりメモを取ったりするためにディクタフォンやノートを使ってももちろん構わない。時々、瞑想の時にわたしは本当に驚くべきことを示したり、ものすごいアイデアを与えたりするだろうから、きっとわたしが与えたものを失わないよう、それを記録したり、後で記憶を呼び起こすために書き留めたりしたいことだろう。
191.だが、ディクタフォンを使わないようと助言している目的は、ある人にとってはそれを手に持っていない方が良いからだ。おもに、人によっては預言モードに切り替わらなければと感じたり、瞑想の時が形式張ったものでなければならないと感じたりするからなのだ。多くはその人による。瞑想の間にわたしと会話したすべてを一語一区「正式に」記録しなければと感じる人がいるなら、きっと瞑想の時間は預言の時間になってしまうだろう。
192.だから、気をそらされずに瞑想だけに集中するのが難しい人の場合は、ディクタフォンは使わない方がいい。だが、ちょっとメモを取って、簡単に瞑想を続けられるタイプなら、それは良い考えかもしれない。あるいは、ノートの方が良ければ、それでもいい。
193.けれども、念頭に置くべき点がもう一つある。それは、わたしは時として、瞑想から預言のモードへと切り替えて、完全な預言を受け取るようあなたを導くことがあることだ。特に、毎日わたしと過ごす1時間半の一部として幾らか瞑想の時間を取っている場合はそうだ。そのような場合、ディクタフォンを用意していると便利かもしれない。だから、それはその人とその状況による。何が自分にとって最善かわからなければ、わたしに尋ねなさい。
194.わたしはあなたに、じっと座り、プライベートにわたしと会話し、わたしと瞑想してほしい。自分の思考、自分の計画やプログラムを解き放ちなさい。それらすべてをわたしに預けなさい。わたしが望むどんなものででもあなたを満たしてあげよう。それはアイデアかもしれないし、実際的な思考様式の変化、あなたが今まで考えていなかった実際的要素、あるいはまだ解決策が見つかっていない実際的な事柄かもしれない。わたしがあなたに語りたいことなら、何でもあり得る。わたしは様々なことをあなたの思いにもたらすことができ、またそうするだろう。
195.この場合、わたしはあなたに直接、「主はこう言われた」という形では語りかけない。わたしはあなたの思いや心と相談し合って語りかける。わたしはこのような方法も使って、スピリット・ヘルパーたちとチームワークで働くのだ。彼らはあなたにアイデアを与え、それからわたしがきて、あなたと、そして彼らとカウンセルし、そして、わたしたちは共に計画を立てる。
196.このように定期的にわたしとの瞑想の時間を取ってほしい。あなたがこの時間を取るのは、わたしにとってとても大切だ。わたしとの時間を過ごすことで霊的に自分自身を活性化させるには、あなたの霊的エネルギーをわたしに集中させなさい。わたしがあなたに注ぎ入れ、語りかけるままにさせなさい。わたしがその日や週、あるいは何でもわたしが導くことについて、わが思考や計画、指導、方向性を与えるままにさせなさい。
197.(ママ:)以下は、瞑想について主が最近私に与えられたメッセージです。主のカウンセルの幾つかは皆さんにも役立つと思うので、ここで分け合いたいと思います。主は先ほどのメッセージと同じ詳細を扱っておられるので、これはその原則をさらに裏付けるものとなるでしょう。主が、この特別なくつろぎ、休息、共に過ごすスイートなフェローシップという瞑想の時間を私たちと一緒に取りたいと思っておられることを知るのは、じつに素晴らしいことです。
198.(イエス:)愛する人よ、瞑想の目的はわたしに近づくことであり、わたしにもっと近く従うことの結果として、わたしが導いている方向を知り、わたしの意志の内で進歩し、成功することだ。わたしはあなたに、わたしへの奉仕や霊の戦いを戦う助けになる霊的手段や武器をたくさん与えた。そして、瞑想もまた、わたしにつながり、わたしと交わるためのもう一つの手段なのだ。瞑想によって、あなたは霊的再生と強さを得る。それはあなたの霊的健康と福利を維持すると同時に、わたしにあなたの心に語りかけさせ、思いを導かせる方法でもある。
199.わたしへの愛の言葉と賛美の言葉、あるいは親密さや賛美の歌で瞑想の時間を始めなさい。わたしを親密に愛し、賛美を口で表すことは、仕事モードからギアを変え、もっと平安に満ちた思考様式でわたしの中庭に入るのを助ける。長い時間をかけてこの方法でわたしを賛美し、愛する必要はない。それは、あなたの霊と、ギアを変えるのにどれだけの時間が必要かによる。二言三言、二、三の文でいいかもしれないし、 あるいはそれ以上かもしれない。それは、あなたの仕事日の進行状態や、あなたの忙しさ、どれだけのプレッシャーがかかっているか、瞑想の時間に入る直前に何をしていたかによって、まちまちだろう。雑念を取り除き、じっと座ってわたしと交わるために思いと心を備えるためにもっと時間がかかることもあるだろう。
200.瞑想とはわが霊と交わることであり、それは色々な方法でできる。雑念を取り除き、わたしとわたしの霊に集中することに十分な時間を取るなら、わたしの言葉を読んでいる最中や、その後に、そのような瞑想の霊が下ることもよくあるだろう。
201.わが言葉に書いてあることは、熟考のきっかけとなることもある。今読んだばかりのことを考えて、すべての側を考慮し、筋道や背景、一連の出来事、聖書に出てくるわが民のことや、彼らが何をどうしたか、彼らがどんな問題に直面したかなどを深く考えたりするのだ。これは熟考だ。瞑想というのは、わたしの霊と交わっているという感情を与える。そして、たとえあなたの考えている事すべてがポジティブでバラ色とは限らなくとも、それには信仰の霊が伴う。
202.わたしやわたしの道を瞑想している時には、問題状況について決して考えるべきではないと思う人もいるかもしれない。中には、そうするなら瞑想の時間にふさわしくない主題を入り込ませ、何らかの形で引き降ろされると感じる人もいる。問題や、仕事上の困難について瞑想しているなら、瞑想の後でネガティブな雰囲気が出てしまうこともあるだろうが、わたしはあなたの瞑想を制限するつもりはない。
203.この方法でわたしと交わることが大切だと感じることもあるだろう。そして、特にそれがあなたにとって役立ち、何かの面で解放感を得るよりどころとなっているなら、必ずしも悪いことではない。問題は必ず存在するので、瞑想の時間の一部を使ってそれについて考え、それを扱うためのわが方法について考えることが厳しく禁じられているとか、わたしたちが交わる時間にとって悪いということではない。
204.イサクは民の問題について深く考えた。彼は一日の終わりにわたしと交わるために野に出て行った。すると、彼の霊は励まされ、新たな信仰が得られたのだった(創24:63)。あなたの瞑想の時は、理想的にはストレスとは無縁で、仕事の荷を捨て去る時であるべきだ。だが、何かの状況や問題があなたの思いの真ん前にあるために、思いを解放して他のことを瞑想することが全くできないというなら、そのような時には瞑想の時間を使って、あなたの霊の荷となっている問題について考え、それについてわたしがあなたの心に語るままにさせるのが賢明だろう。
205.わたしはそれについてあなたの心に語りかけると言ったが、それは改まってわたしから聞き、あなたへのメッセージを記録するといった、全面的な預言の時間としてその時間を使うべきという意味ではない。わたしは瞑想の時間にそれをしてほしくはない。わが霊のささやきや、わたしがあなたの頭に置く思い、わが霊の導きを通して、わが霊があなたの心に語りかけるに任せなさい。わたしがあなたに聖書の節を思い浮かばせるなら、それを調べて深く思うのは構わない。あるいは、わたしがGNのクオートを思い起こさせるなら、その場合もそれを読んでそれについて考えるのは構わない。
206.あなたの思いの中にある問題や仕事に関しては、時折瞑想の時間を利用して、あなたの思いからそれらを取り除くためにそのことを考えるのは構わないが、目的は、問題やその状況のすべての面に対する答えを全部見いだすことではない。それは瞑想の目的ではなく、あなたは瞑想の時間からそのようなことを期待すべきではない。
207.瞑想とは、ただわたしを愛し、わたしやわたしの道について考え、わたしの言葉、わたしの仕事、わたしがやる方法などについて考えるために、わたしと交わることに当てられた時間であるべきだ。
208.瞑想とは、わたしとの霊的経験だ。必ずしもあなたの質問すべてに答え、何かに関する具体的な指導を与えるカウンセルの時間ではない。ただし、そうなることもあるにはある。時として、わたしはあなたの奥に秘められた質問や、さらにはあなたの頭にある言葉になった質問に答えることさえあるが、それはわたしとの交わりとしては、異なる形態になる。
209.つまり、この方法で瞑想し、わたしの声を聞くこととは、直接の預言を受け取ったり、メッセージを記録したりすることとは異なるのだどちら。かと言えば、考え、わが霊を吸収し、あなたの霊の内でわたしのささやきを聞くことに近い。あなたはわが霊の導きや、わが霊の方向性を感じ取り、時には具体的なカウンセルや答えが聞こえることもある。
210.だが、以前にも言ったように、瞑想という短い時間の間、あなたは問題や何かの状況に対する周到で具体的な答えを受け取ることはないだろう。わが霊の導きは受け取るかもしれない。そして後で預言の時間にそれをわたしの所に携えて、完全なカウンセルと指導を求めることができる。
211.また、瞑想している時にすることは、ワードタイムの時にすることとは異なっている。ワードタイムには、わが言葉を読んだり、時にはわが言葉を聞いたりするが、要するに、あなたはわが言葉が言っていることに集中している。あなたは何を読むべきか、何を読む必要があるかについてわたしを尋ね求め、わたしは何を読んでほしいかをあなたに告げる。あなたはわが言葉にあるレッスンや霊的原則に集中する。そして、それを学習し、印をつけ、復習すべきクオートを選ぶ。あなたは読んだものに関する預言の質問をわたしに携える。わたしはあなたが読んだものについてあなたに語りかけ、実生活に適用するのを助ける。
212.前進し続け、霊的に健康であり続けるためにワードタイムによってあなたの霊を養い、強めることには、集中したコミットメントと努力が必要だ。これは霊の内での仕事でもあるが、同時に、あなたを生き生きとしていて、幸せで充実した状態に保つものでもある。それにもかかわらず、これは霊的なワークアウトなのだ。
213.瞑想はあまり構造立てられたものではない。どちらかというと、それがポジティブになるということ以外は、その時間に何が起こるかやどんな結果になるかがわからない、わたしとの特別なフリータイムのようなものだ。これはわたしの腕で霊的にくつろぐ時間だ。
214.(質問:)それでは、瞑想への足がかりとして御言葉を使ってもいいのですか?
215.(イエス:)そうだ、瞑想への足がかりとしてわが言葉を使うのはいっこうに構わない。聖書のダビデはこう言った。「このような人は主のおきて[わが言葉]をよろこび、昼も夜もそのおきてを思う」(詩篇1:2)。これは瞑想の最善の起点だ。特に、どのようにして始めたら良いか、他に何を瞑想すればいいのかがわからないなら、何かわが言葉にあるものから始めなさい。